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「キディアス。私が風の城に……リュシフィンのもとに帰るのを邪魔してはなりません」
それから七都は、キディアスに強い口調で命令した。
「そこをおどきなさい」
キディアスは、黙って後ろに下がった。
複雑な表情をして、七都を食い入るように眺めている。
「……あなたは、リュシフィンさまの……?」
彼は、消え入りそうなかすれ声で呟く。
その不完全な質問が、今の彼が出来る精一杯のことなのかもしれなかった。
「私の母は風の王族。だから、私も王族の姫君ってことになるみたい。もちろん風の魔王リュシフィンとも、血がつながってる。ちなみにナイジェルとも親戚らしいよ」
七都はそう説明してから、キディアスに微笑みかけた。
「キディアス。あなたとはいずれ、笑い合って、楽しくお話したいね」
「……」
キディアスは、押し黙ったまま、七都を見つめ返す。
気の毒になるくらいの動揺が伝わってくる。パニックかもしれない。
だって、しつこく私を水の都へ連れて行こうとするんだもの。
あなたが知らないのだったら、私の素性は明かすつもりは全然なかったのに。
リュシフィンの名前を使ってこういうシチュエーションを切り抜けるのって、ほんとは嫌なんだ。
「それと、一つ言わせてもらうけど」
七都は、キディアスの真ん前に立つ。威圧的になるように。
「ナイジェルを閉じ込めておくのは、おやめなさい。彼が腕のことにこだわらず、以前と同じ生活を望んでいるのなら、周りにいるあなたたちもそれを受け入れて彼を支えなければならないよ。腕をなくしてもナイジェルはナイジェルだ。私は、ナイジェルは片腕になってもやっぱり美しいし、素敵な人だと思う」
七都は、固まって動かないキディアスの前を通り過ぎ、魔の領域の中に入る。
七都が通り抜けると、闇色の門は、音もなく閉まった。
キディアスは、追いかけてはこなかった。
彼の青い影は門の向こう側に残され、外の景色にはめこまれたまま、門の暗黒に飲み込まれてしまう。
七都は、周囲に渦巻く霧を見渡した。
白以外、何も見えない。
手を伸ばすと、自分の指さえ、薄い衣がかぶさったようにかすんでしまう。
足元で、さくっという微かな音がする。
地面は、やわらかい土……いや、砂のようだ。
この霧の向こうに何があるのか。
とても不安だ。けれども、どきどきする。
とうとう入ったのだ、魔の領域へ。地の都へ。
風の都は、ここの隣にある。とても近い。
行こう。
もうすぐだ。
もうすぐ、私の知りたいことが明らかになる。
全部の謎が解けて、私の長い夏休みが終わる――。
七都は猫の目形のナビを握りしめ、霧の中をゆっくりと歩き始めた。
【第4話 青衣の魔貴族 完】
<ダーク七都Ⅲ・赤い眼のアヌヴィム 【完】>
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最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
この続きは「砂漠のお茶会 【ダーク七都Ⅳ】 」でどうぞ。
いよいよエルフルド様登場。七都の母、あとナイジェルも出てきます。
ダーク七都シリーズの中で、私が一番気に入っているお話です。
砂漠のお茶会 【ダーク七都Ⅳ】
https://estar.jp/novels/25595151
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