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怖い……。いったい誰なんだろう。
オレンジ色の影は、ゆっくりと歩いている。七都のほうへ、ゆっくりと。
七都にはそれが、正体のわからぬ恐ろしい怪物のように見えた。
もちろん、実物はこのようなオレンジの影ではなく、たぶん容姿端麗な魔人族なのだろうけれど。
私を殺す気はないみたいだよね。殺そうと思うなら、いくらでもその機会はあったはずだもの。なのに手出しはしてこなかった。
とはいうものの、敵意は確実に持っている。
七都は、腰の剣に手を置いた。
剣は出来れば使いたくなかったが、相手の正体がわからない以上、自分の身はこれで守らねばならない。
七都は、剣を鞘から静かに抜いた。そして、霧の中を睨む。
この霧は相手を隠している。でも、それは私の姿も隠してくれるということでもある。霧をうまく利用しよう。
七都は空に向かって飛んだ。
七都の姿は、そこから消え失せる。
地面から数十メートルの空中に、七都は瞬間移動した。
そこに静止したまま、地上に泡立てたミルクのようにたゆたって動いている霧を見下ろす。
ナビを下に向けると、ナビから薄い透明の板のような映像が現れた。
それを通すと、霧の中にオレンジ色の人影が見える。
いた。あそこだ。
七都は剣の柄を握りしめ、人影をめざして再び霧の中に入った。
ナビの透明板の中で、オレンジ色の人影が大きくなっていく。
もう透明板はいらなかった。七都は、その影をはっきりと見る。
魔神族の後ろ姿だった。
フードを深く下ろし、足元までの長さのマントで体全体を覆っている。
マントは紫がかった青色。ラピスラズリの鮮やかな青だった。
男性なのか、女性なのか。それはわからない。
ただ、もちろん七都より背は高かった。ユードほどではないとはいえ。
七都は剣を逆手に持ち、相手に気づかれないよう、宙に浮いたまま、背後からゆっくりと近づく。
剣を握る指が、緊張で硬直している。
こちらから剣を使うのだ。気を抜いてはならない。
反撃されたら終わりだ。相手が自分より剣が使えることは明白なのだから。
七都は、青いマントの人物の前に、すうっと剣を下ろした。ちょうど喉あたりの位置に。
「動かないで!」
七都が耳元で叫ぶと、マントの人物は動きをぴたりと止めた。
「あなたは誰? ずっと私のあとをつけてきてるでしょ。何か用?」
「……この剣を鞘に収めてくれませんか、お嬢さん。こういう状態では、話も出来ぬ」
しばしの沈黙の後、マントの人物が言った。
甘い響きのテノールの声。まだ若い男性の声だった。
マントの中から黒い手袋をはめた手が伸び、フードが後ろに下げられる。
そこには、美しい若者の顔が現れた。
七都は、剣を若者の喉にあてがったまま、彼を見つめる。
青味がかった灰色の髪。魔神族特有の、透き通るような白い膚。花びらのような赤い唇。
そして、極地の海のような暗い藍色の目が、静かに七都を見据えている。
外見は、まだ二十歳にもなっていないくらいに若かった。少年のあどけなさも濃く残っている。
魔神族なのだから、当然実際は、生まれてから何百年もの歳月を経ているのかもしれない。
とにかく七都の全然知らない人物だ。
誰、この人……?
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