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2.
「いきなり剣を突きつけて脅すなど、少し失礼なのではないですか?」
若者が言った。不満げに。怒っているのかもしれない。
だけど。なんでストーカーに逆ギレされなければならないの?
「あなたが私のあとを、気持ち悪く、不気味に、ずうっとつけてきたからでしょう。正体も目的もわからないものに警戒するのは当然。どれだけ怖かったか、不安だったか、わかる?」
七都は、青いマントの若者を睨む。
「では、正体と目的を明らかにすれば、気持ち悪くも不気味でも、怖くも不安でもなくなりますかね?」
彼が言った。
「聞いてみないとわかんないけどね。その可能性は高い」
七都は一応剣を下ろし、滑らかな所作で鞘に差し込んだ。そして地面に降り立ち、少し離れた正面からその若者を見つめる。
「多少は剣を使えるようになったと見えますね。化け猫どのの教え方がよかったのかな」
若者が言った。
ものすごく冷たい氷入りの水を、頭から全身にかけられたような気分だった。
七都は、鞘に収めたばかりの剣に手をかける。
この人……。私のことを全部見ている……?
「あなた、誰?」
「私は、キディアス。デフィーエ伯爵」
彼が名乗った。
キディアス?
カーラジルトと同じく、伯爵さまなんだ……。
「で、何者? どこの魔神族?」
「水の魔貴族です」
キディアスが答えた。
「水……?」
「そう。水の魔王シルヴェリスさまのおそば近くに仕えています」
シルヴェリス……!
すると、ナイジェルの側近!?
七都は剣から手を離し、改めてまじまじと目の前の魔貴族を眺めた。
キディアスは冷たい目で七都を見つめ返す。凍った冬の海の色だった。
この人は、ナイジェルのことをとてもよく知ってるんだ……。私なんかよりも、ずっと。
だけど、ナイジェルの側近が何の用なの?
何で私のあとをつけてくる?
「えーと。ナイジェルは、その……」
七都がナイジェルの名前を口にすると、キディアスは七都を鋭い目つきで見つめた。
こんな冷たい目で誰かに見られたことって、今までないかもしれない。しかも、敵意や憎悪の混じった視線で。
カーラジルトのやさしい目とは対照的だ。七都は、思う。
怖いな、この人。
私のこと、決して好きではない。それどころか、きっと嫌っている。それがよくわかる。
「あの方をその名前で呼ぶのは、あなたぐらいでしょうね」
キディアスが、いまいましげに言った。
何か怒ってる……。
七都は、溜め息をつきたくなる。
「だって、彼、自分でそう名乗ったんだもの。今さらシルヴェリスなんて言われたって、そんなふうには呼べないよ。私にとって、ナイジェルはナイジェルなんだから」
キディアスは、ますます温度の下がった冷たい目で七都を見る。
怒りが体の奥深くで、静かに燃えている。そんな感じが伝わってくる。
「ナイジェルは……」
『元気?』と訊こうとして、七都は中止する。
そんなことを訊いたら、この魔貴族は間違いなくブチ切れそうだ。
「ナイジェルは、どうしてる?」
七都は質問を変えたが、キディアスは七都のその質問を聞いて、やはりブチ切れたようだった。
髪が逆立って、目が怒りで溢れそうになっている。体が小刻みに震えている。
七都に対する感情をかろうじて抑えているようだった。
たぶん私が何を聞いても、この人は切れたんだろうな……。
七都は、軽く頭を抱えたくなった。
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