第3話 化け猫カーラジルト

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(シャルディン?)  七都は目を閉じる。  銀の髪に赤い目。アヌヴィムの魔法使い、シャルディンの姿が現れた。  七都は、彼の姿を見てほっとする。 (また、危険な目に遭われていたのでは?)  シャルディンが、心配そうな顔をして訊ねた。 「ううん。いっぱいのグリアモスに襲われそうになったけど、助けてもらった」 (しかし、あなたの意識に接触出来ませんでした……) 「カーラジルトだよ。特殊な魔力を使って、剣を教えてくれたの」 (では、会われたのですか、化け猫カーラジルトに) 「うん。あのね、普段は彼、口なんか裂けていないから。あなたが見たとおりの美青年だよ」 (なんだ。おもしろくない……)  シャルディンが、残念そうに呟く。 「彼は魔貴族なの。伯爵さま。カーラジルト・アールズロア伯爵。将来、私の側近になってくれる人かもしれない」 (では、いつか私も会えるということですね。セレウスさんにお会いするのも楽しみですが、カーラジルトさんにお会いするのも楽しみです) 「そうだね。いつか三人揃って、会えるかもね」 (……ナナトさま。あなたが魔の領域の中に入ってしまわれると、私はもう、あなたに接触することが出来なくなります)  シャルディンが、ためらいがちに言った。 「そうなの? それは寂しくなっちゃうな」 (お気をつけて。決して無茶をなさってはなりませんよ) 「わかってるよ。あなたも私のことばかり気にしてないで、自分の生活を大切にしてね」 (それは無理ですね。私があなたのアヌヴィムである限りは) 「風の都はすぐそこだから。絶対に無事に到着してみせる。あまり心配しないで。じゃあ、今度会うときまで元気でね」 (ナナトさまも、どうかご息災で)  七都は目を開ける。  そして再び地の都をめざして、足を踏み出す。  セレウス。シャルディン。カーラジルト。あの三人が集まったら、いったいどんな会話をするのだろう。  七都は、ちょっと想像してみたりする。 「……きっと、トリオ漫才だよね」  七都は頭を上げ、ますます光を増した月を眺めた。  しばらくグリアモスのまま走っていたカーラジルトは、やがて魔貴族の姿に戻った。  それから、七都を残してきた方向を振り返る。 「ユード。我が姫君の唇を奪ったのは、許しがたいが」  彼は呟いた。彼が七都の体の中に入っていたときに、七都自身の記憶として見たものを思い出しながら。 「彼の額にあったあの口づけの印は、おそらく火の魔王サーライエルさまのもの。おまけに、シルヴェリスさまも彼をお気に召しておられるようだし。近づかぬに越したことはないな」  そしてカーラジルトは、月の光が満ちた景色の中に、休憩するようにしばし佇んだ。 「私も近いうちに、一度風の都に帰ってみます。……姫君。あなたはその美しい赤い目で、風の都をじっくりとご覧になるがいい。あなたはいったい何を思われるのか……?」  七都とカーラジルトが別れた場所に、ひとりの人物が影のように現れる。  青いマントをまといフードを深く被ったその人物は、七都が歩いて行った、地の都に通じる道の彼方を眺めた。  そしてその人物もまた、七都のあとを追うかのように、ゆっくりと歩き始めた。  【第3話 化け猫カーラジルト 完】
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