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第3話 化け猫カーラジルト
1.
その透明で巨大なドームは、白い霧の中に埋まっていた。遠くに同じ形の陰を幾つも従えて。
見ようによっては、宇宙生物の卵のようにも見える。あるいは、砂浜に打ち上げられたクラゲの傘のようにも。
表面は透き通っているはずなのに、中はよくわからない。
セレウスは、魔の領域は六つの都市それぞれが個性的な美しい都だと言ったが、目の前のドームの中には、ぼうっとした、森を描いた墨絵のようなものしか見えなかった。
やはり、周到に目隠しされているのかもしれない。魔神族が、自分たちの生活を外部の人間の目にさらすわけもないのだ。
「それにしても、でかっ……」
七都は、思わず呟く。
最後の山を越えると、そのドームが現れた。
七都は圧倒されて、しばし立ち尽くす。
それは、地の都。魔の領域の中にある都の一つ。
確かに、ドーム一つが大きな都市だった。六つあれば、小さな一つの国くらいになるかもしれない。
闇の魔王のUFOが、たとえどれだけあっても、余裕で格納出来そうだ。
魔の領域などという名前が付いているから、もっと暗くて、おどろおどろしい雰囲気かと予想していたが、それは見事にはずれた。そしてはずれたことが、七都は何となく嬉しかった。
月に照らされたその巨大都市は、美しかった。
銀の光が、透明なドームの表面をきらきらと這っている。星をたくさんくっつけたようだ。
太陽の下で見ると、もしかしたら、もっとずっときれいだったりするのかもしれない。もちろんそれは、七都の推測にすぎなかったが。
魔の領域を全部見ようとするのなら、地上からでは不可能だろう。
セレウスが絵に描いてくれた、六つの繋がった円。もしくは、猫の目ナビが映像で示した、花のような形の連なった球体。
あの通りのものを見るには、かなり上空からでないと無理かもしれない。
胸の傷が治って、もう少し魔力が上手に使えるようになったら、空を高く飛んで、上からここを眺めてみよう。
七都は、ひそかに決意する。
風の都は、あの陰のうちのどれかだろうか。位置からすると、すぐ隣。南の方向だ。
あれかもしれない。七都は、陰の一つを眺める。
せつなく懐かしい思いで、七都の心は痛くなる。
それから、ナイジェルがいる水の都。メーベルルがやってきた闇の都。それらもここにある。
とうとうここまで来た。
もうすぐ地の都の入り口に着く。そこから風の都までは、すぐのはず。
七都は、再び歩き始める。
山を下る道。今は、七都以外誰も歩いてはいない。
人間の旅人の姿は、完全に見かけなくなった。
たまに、アヌヴィムらしき一団と擦れ違う。
彼らの中の何人かは、七都と擦れ違ったあと振り返った。そして咎めるような顔つきをして七都を眺めるのだった。
魔神族の方が、なぜその輪を付けているのですか? たぶんそう言いたげに。
そろそろアヌヴィムの銀の輪は、はずしたほうがいいのかもしれない。
人間に会うことも、もうないだろう。それに、これから出くわす魔神族にアヌヴィムだと思われたら、やっかいなことになるかもしれないのだ。
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