夢を見ていた恋しいと

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死ぬ間際に走馬灯を見るというならば、笠元はいつもそれに近い感覚に陥る。 睡眠中だ。夢を見ているのも、幸福には程遠い。 悪い過去を繰り返し、あの頃の嫌な記憶が芋蔓式に呼び起こされる。 せめて、良いものが何度も繰り返し、蘇ってくれれば救われるのにと思う。 救いの手を差し伸べてほしいと、その細い身体に触れてみたいと思った女性はいたのだが、想いを告げることもなく、笠元の離職で縁は自然と切れた。 定時になると、そのまま帰り支度をしながら、引き継ぎなどの互いの仕事を終えるのを、特に約束をしたわけでもなかったが、なんとなく待っては、共に帰る。 彼女は笠元の目指す駅の手前にある、バス停が帰り道。 だから、笠元はバスが来るまで彼女と話した。 始めはバス停まで来るとすぐに、じゃあ、またと去っていたのだが、いつからか話があまりにも弾んで。約十分の会話が盛り上がって、もっと話したいと思った。 笠元は、彼女と共にバスを待ちながら話を続けた。 彼女も、楽しそうに笑っていた。 約束なんてしたことはなかった、それでも自然に相手を待って、共に帰る日常があった。 心地良い気持ちがあったのだ、誘ってみれば良かったのかもしれない。 一度でも、飲みに行かないかと、駅前の居酒屋でも。 彼女が好きな映画でも、なんでも良かったのだ。 ひとこと、ひとこと、何か一歩を踏み出していれば変わっていたのだろうか。 上司の暴言、クレーム対応の処理に心身が追い付かず、退職を決めた会社。 新卒で入社した会社を一年未満で辞めたのが、坂道をゴロゴロと音を立てて滑るように、堕ちて行くようだった。 そうして非正規職員を繰り返して! 今へ、今へと、老いるばかり。 名ばかりの送別会で、笠元の他にも定年退職やら転勤の上司がいたから、それなりに豪勢な送別会だった。 十分だと思った。 彩り鮮やかな花束を手に、母のことを思い出した。 花が好きだった母は、庭の手入れをし、家に花を飾った。 笠元は、花の名前を聞いても話されても覚えることは出来なかったが、純粋に美しいと思う感性は持ち合わせていた。 持ち帰った花を、戸棚の奥から随分と久々に花瓶を取り出した。 茎の先を斜めに切るのだと、母は言っていた。そうすると、長持ちするのだと。 記憶を手探りで生けた割には、そこまで悪くはないように思えた。 長年、見てきたから。花に溢れた我が家から、花が消えて未だ一年と少しだというのに。随分と古びた記憶のように感じる。 黒い花瓶は、なんとか焼だと、焼き物も好きな花が気に入ったいた。少し無骨だが、味わいのある深い緑と、ざらつきのある白色は、手によく馴染んだ。 仏壇の傍に供えるように、そっと置く。 チーン、と鐘を、ポコポコ、木魚も鳴らしておく。 いってらっしゃいと、懐かしい声が聞きたくなった。 簡単に掃除をし、花は迷ったが、綺麗なまま処分した。 このまま置いておいては、汚くなるだけだろう。 これから春になって、暖かくなって、虫が出てくる。それは申し訳ない。 家を出る前に、ずっと飼っていたメダカを、始まりは三匹だったが今や一匹。 笠元と同じだなと思いながら、手のひらサイズの瓶に移して蓋をぎゅっと閉める。 本当は、置いていこうと思ったが、死んでしまうだけだ。ならば、台所に流してしまおうかと一瞬思ったが、それはあんまりだと。 母が可愛がっていたメダカである。 植物園で、水草と共に泳いでいた琥珀メダカ。 餌の小袋もカバンに入れた。 二泊三日程度の旅行に行くかのような荷物が完成した。 行ってきます。ありがとうございました。
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