3人が本棚に入れています
本棚に追加
最後の晩餐
夫の小言は、聞こえない振りで押し通し、会社に送り出す。まだ泣いている娘をなだめて幼稚園に預け、リツコは一人、家に戻った。
パートまでは、まだ時間がある。
迷信だと、わかっている。それでも……。
「見せられるわけ、無いじゃない。こんな、手紙……」
子供らしい、少し歪な文字で書かれた手紙には──
『おばあちゃんがいなくなって、ぱぱとまま、けんかしなくなったよ』
『おうち、すごくあかるいの。おばあちゃん、あそびにきてね』
他愛もない手紙、かもしれない。でも、こんな手紙。たとえ迷信でも、お義母さんには、見せられないわ……。
そう思いながら、残りの手紙に目を通す。
「ままの、すーぷ、おいしかった?」
──ドクン
「何よ……これ……」
姑は最後に、手作りのスープを飲みたがった。食欲が無いからと。
「わたしが悪いって、言いたいの? 毒なんて、盛ってないわよ」
姑の望み通りに材料を揃えてスープを作るのは、なかなか大変な作業だった。リツコは少し苛立ちながら、もう一枚の手紙を読む。
『うん。美味しかったよ──』
「嘘……」
思わず、手紙を落としそうになる。だって、これは……。あきらかに、ルカの筆跡ではなかった。
震える手で、手紙を持ったまま、続きを読む。
何故、だろう?
続きを読むのが、ひどく、恐ろしい……。
『特に、ルカちゃんの「スパイス」が、最高だったわ……』
ひらり、ひらりと。
リツコの手から、手紙が滑り落ちていく。
「嘘よ。嘘だと、言って……」
手紙の筆跡は、間違いなく、亡くなった姑のものだ。でもスープを飲んだあの日には、もう。ペンなど、握れないほどに姑は、弱っていた。
手紙には、最後にこう書かれていた。
『もう二度と食べられないのが、残念ね』
最初のコメントを投稿しよう!