アンダーシーレター

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アンダーシーレター

d2168255-0801-4422-b04c-4c1d24e7a948 拝啓 連日厳しい暑さが続いていますが、 昨年が嘘のように今年は風が穏やかな日々が続いております。 ちょうど1年前の今日。 記録的な台風により貴方が海に出たきり帰って来なくなった日。 もう一年も経ったのかという気持ちと、やっと一年なのかという気持ち。 両方の感情が渦巻いており、複雑な思いで今日という日を迎えています。 私は未だに生活の至るところに貴方の面影を探してしまいます。 風が強い日、潮風が家の側まで香る日は、特に貴方の存在を側に感じます。 それでも少しずつ少しずつ、前を向いて歩いて行かなきゃと思い、 本日こうして貴方へ最期の手紙を書くことにしました。 伝えたいことが多くなってしまい、少々長くなってしまいましたが、 何卒ご容赦いただければと思います。 まず貴方が去ってからの私の日々を報告しますと、 実は貴方が帰らなくなってからも、私の日常はこれまでと変わらない日々を過ごしていました。 なんだ、悲しんでくれていないのか。と思いましたか。 現実を受け入れるのに少々時間がかかってしまったのです。 そしてようやく貴方がもう帰って来ないんだと気付いた日。 それは貴方が姿を消してから既に半年が経っていました。 この半年間。私は抜け殻のような生活をしていたかと思います。 何もかも考えることをやめて、日常通りにこれまでの生活を繰り返すことに徹していました。 周囲の人からは心配もされましたが、大丈夫。大丈夫。と答え続けていたと思います。 仕事も友人関係も自然にこなすことが出来ていたかと思いますが、 きっとそんな姿は周りの人からは痛々しく見えていたことでしょう。 どうしても貴方がいなくなってしまった現実を受け入れきれなかったのです。 そんな私がふと貴方はもういないんだな。と実感したのは、 冬の海へ出かけたことがきっかけです。 休日の日、なぜか突然海へ行きたくなって、海に呼ばれたような気がして、 私は歩いて海岸まで向かいました。 真冬の海。波の音と灰色の空。人気のない砂浜。 目に入る全てが哀しげで、陰鬱な様相を呈していました。 そんな海がどこか今の自分と重なってしまい、このままじゃダメだと思ったのです。 貴方は真赤な太陽をキラキラ反射する夏の海のような人でした。 眩しく、温かく、少し騒がしく、子供の夏休みのように胸を高鳴らせる人。 そんな海とは真逆の冬のどんよりとした海を眺め、 あぁ、貴方はもう本当にいないんだな。と急に実感し、 同時にこのままじゃダメだな。と前を向いて歩こうと決めた日でした。 冬が去り、春が訪れたと同時に私はスキューバダイビングのライセンスを取りました。 周囲の人は驚きと心配で私の様子を見ていたでしょう。 まさか、貴方を自分の手で探しに行くつもりか、と。 もしくはそのまま貴方のいる海に消え去ってしまうのでは、と思われたかもしれません。 でもそれは違います。 私はある目的のためにスキューバダイビングのライセンスを取りに行きました。 貴方へこの手紙を届けに行くためです。 スキューバダイビングって素敵ですね。 360度海に包まれる感覚とまるで空を飛んでいるかのような感覚。 ライセンスを取ろうと誘ってくれた時はどうしても怖くて断ってしまいましたが、 貴方がライセンスを取った時に私も取っておけばよかったな、と少し後悔しました。 そして明日の朝、この手紙を届けにまた海に潜りに行ってきます。 海に手紙?と思うかもしれませんが、実は海底にもポストが設置されているんですよ。 面白いですよね。投函された手紙はしっかり回収してくれて本当に届けてくれるそうです。 耐水性の手紙を探すのは少し苦労しました。 どうしても宛先が必要ですのでここの家の住所を書きました。 余談ですが来月には実はこの家を引っ越す予定です。 貴方と暮らしたこの家を離れるのは少し寂しいですが、私一人では少々広すぎるので。 さて、最後になりますが、 私と出会ってくれてありがとう。私を好きになってくれてありがとう。 私を愛してくれてありがとう。私も大好きでした。そして、さようなら。 長々と文章を書いてしまいましたが、 本当に伝えたいことってシンプルなんですね。 これから私は貴方のいない世界を歩んでいきますが、貴方のことはこれからも忘れません。 いつまでも海から私を見守っていてください。 敬具
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