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篤は「なんだか癪だ!」と言い張って、天音の誕生日祝いに訪れなかった。
独り占め出来なくなってしまったことが癪なわけではない。最初から永遠に独り占め出来るなんて思っていなかったのだから。
一年前、柚葉が卒業と同時に入籍をし式を挙げた。天音だけではなく、懇意になっていた篤も招待された。彼女の地元で式が挙げられる為、篤が天音を拾ってふたりで出かけることになっていた。
チャイムを押すと出てきたのは花純だった。不敵な笑みで迎えられ、天音が現れると、篤は虚をつかれた。
天音がめかし込んで化粧まで施している様を篤は初めて見る。
彼女に限りなく近い天音が居た。
嗚呼、こうやってこいつは遠くへ遠くへ進み続けるのかと漠然と思った。もちろん届かない僅差で追いかけるの前提だが。
「なにその顔」
呆気にとられていた篤の表情が天音は不満のようだった。
篤は少しだけ息を整えてから言った。
「いや、綺麗なもんだなと思ったら」
「いつもはそうじゃないみたいな言い方!」
「そう言うつもりじゃない! 褒めてるんだ、悪いか!」
「先生こそ大人に一応見える」
「お前の方が失礼だろ、その言い方。俺は大人だ!」
少し面白い篤を見られて満足した花純が居なくなると、賑やかだなと奏が階段から降りてきた。
そうして言った。
「バカップルにしか見えないね」
天音と篤が憤怒したのは言うまでもない。
そもそも、そういう関係でもない。
結果、少しだけ互いにばつが悪くなった。
「先生、あちらに着いても眼鏡かけたままにしたら?」
「めんどくさい」
「知的に見えるじゃない」
「俺は常に知的だ」
どの口が言うかと白々しい目を天音が篤に向けた。
そんな不毛極まりない会話を延々としながら式場に到着すると、篤は天音の様子が少しだけいつもと違う様に感じた。
世界は美しいけれど切なさもある。
そんな顔をしていた。
篤は、なんとなく天音の心境を悟ってしまった。彼女は確実に無意識だろう。
式が始まる直前に、ぽつりと天音が独り言のように言った。
「わたしにも、こんな日が来るのかしら……」
隣に居た篤にはしっかりとその声が届いていた。胸が締め付けられた。
知っている。彼は知っている。あまねと甲斐がこういう儀式を交わすことが今までなく、そしてそれはままならないものだったと。
式と披露宴、その最中に、あまねは何度か涙を零した。本人は感動を覚えているつもりだった。憧れを抱いた。幸せそうに笑顔を満開にさせる柚葉の姿が煌びやかに瞬きつづけるさまは至極美しかった。
ただ、篤から見たその涙は悲しげにしか映らなかった。
自分は追いかける立場だけの人間だ。だからいつか、悲しい涙ではなく、誰かさんの隣で輝く涙が見たいと思った。誰かさん次第ではあるが。
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