彼は特別の意味に気づかない

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「あ。ごめん天音ちゃん。プレゼント用意するのすっかり忘れてた」  甲斐にいきなりそう言われて、天音はきょとんとした。プレゼントなら十分にもらっている。盛大に祝ってもらってお酒をたらふくご馳走してもらって、それ以上になにがあるだろう。これ以上の贅沢なんてきっとないと思う。けれども次の瞬間、思い直した。ひとつある。 しかし天音は口に出していいものかわからなかった。  甲斐のギターを弾く姿が見たい。また、あの音に身を委ねたい。  けれどもこの一年、天音が甲斐のギターの音色を聴くことはなかった。頼まれれば弾いただろう。求められないなら自分から聴かせたいと思うような男ではない、甲斐という人間は。そんなところまで細かく気付く性格ではない。  天音は甲斐に絶対にわがままを言わない。他には散々駄々をこねるくせに。他が困っていないのは分かっていて、けれども甲斐が困らないとは限らない。だから言わない。言えないのではなく言わない。  欲しいものがある癖に、天音は「もう十分過ぎるほどです」と甲斐に言った。  「そうじゃなくて、さ」と甲斐は言うと、天音の頭に手を伸ばした。天音はさっぱり甲斐の言いたいことがわかっていない。 「なんていうのかな。個人的に?」  そう言っておいて自分で首を傾げる甲斐の姿を天音が笑った。 「自分でもよくわからないことはしないでおくべきだわ」 「なるほど」 「変な甲斐さん」 「じゃあさ、天音ちゃん。何かリクエストでも?」  物欲しそうな顔をしてしまっていたのだろう天音はどきりとした。しかし、見つかってしまったからには喉元から先へ行かず飲み込んでしまうのは惜しい。 「あまねく音、聴きたいです」  天音がそう言うと、甲斐が驚いた。 「だめ、ですよね」  甲斐がギターを弾く時は相当の理由がある時だと神田から聞いていた。  甲斐は思わず「どうして?」と聞き返した。もちろん天音は神田に聞いたままを返す。 「かんちゃんて、ああ見えて気遣い屋だよね」と笑った甲斐の姿が綺麗に映ったから、天音はそれだけでもう満足な気がしてきた。  そもそも、はじめにプレゼントの話を始めたのは天音ではなく甲斐で、貰う側が満足だと言うのだからそれで終いでいいはずだった。しかし甲斐は弾く気満々だ。 「天音ちゃんの目の前で弾くの初めて。緊張する」  そんな風に言いながらも嬉しそうな甲斐は、辞めたとはいえギターを愛してやまないのは変わりない。  よくよく考えると、天音にギターをねだられること自体が初めてだった。初めて言葉を交わした2年前の夏の日、天音にギターを聴かせるのはそれ以来だ。甲斐は妙に高揚した気分を抱いた。  「ギター取ってくるね」と立ち上がった甲斐が二階へ上がっていった次の瞬間、「ぎゃあ!」という悲鳴が二つ重なって飛んできた。ふたつ目が誰の声か、容易に想像できた。そうして潰れて眠っている面々が起きる気配がないのもいかがなものか。天音は歳上の友人たちの有り様に思わずぷっと吹き出した。全員がマイペースを絵に描いたようだと。  甲斐が戻ってきたら、まずは篤への愚痴かしらと思うと嬉しくなった。篤が甲斐の話をする時ひどく楽しそうなのと同じように、甲斐もひどく楽しそうだから、なんだか嬉しくなる。
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