語らいは必要としない

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 話しながらも色々と馳せていたら、甲斐はすっかり席を勧めるのを忘れていた。天音はドアの付近に立ちっぱなしだ。 「天音ちゃん、ここどうぞ」  一番手前に座っていた神田の隣へ甲斐に促されたままに天音は腰掛けた。 「甲斐さん、こういうお店って未成年でも飲めるものあります?」 「もちろん。ジュースもあるけど、ノンアルコールのカクテルはどう?」  カクテルという言葉に天音が目を輝かせると、神田が言った。 「あのね、天音ちゃん。甲斐はシェーカー振りたいだけ」  よくわかっていない天音に今度は迅が言った。 「甲斐はね、化学オタクだから」 「ケミカル反応楽しみたいだけ」  と、誠が付け足した。 「……あのさ、一応ね、俺と天音ちゃん初対面なんだけど」  どうでもいい情報ばかりを振りまかれそうで敵わない甲斐はそんな風に釘を刺した。 「どうせそのうちバレちゃうよ、甲斐は仙人みたいだって」  玲二は至ってご機嫌だった。みんなのやり取りをころころ表情を変えながら見つめていた挙句、嬉しそうに甲斐に言った。  のんびりとカクテルを作りはじめた甲斐手付きを見ると、とても美しくて天音は惚れ惚れと微笑みを浮かべた。   甲斐は気付かず楽しそうにシェーカーを振りはじめている。  彼に向く天音の綺麗な微笑みが垣間見える位置に居る神田と誠は懐かしみと共にほっと胸を撫で下ろした。  神田は甲斐が抱えている悩みを手放したくないことを理解していた。  誠は甲斐の気持ちが少しだけ零れてしまっていることを知っている。 「……あたし、みなさんのお名前知らない。なんだか不公平だわ」  思い出したように天音が言った。篤は面白い奴らを紹介してやるとここへ連れてきたくせに、紹介もせずに帰ってしまった。  誰よりも先に甲斐が口を開いた。 「手前から、かんちゃん、まこちゃん、ジンくん、レイちゃん」 「なんだか、目上の方なのに敬語が使いづらい呼び方」  天音がそんな風に首を捻ると、甲斐が意趣返しのようにみんなのことを纏めて形容した。 「この人たちに敬語は勿体無いよ」  「お前ひどい」と声が飛び交うものの、みんなわざわざ敬語で話してほしいわけなどなかった。 「そういうことー。フランクが一番だよ、天音ちゃん」  そう言った神田に天音が言った。 「そうしたら、あたしもちゃんはいらないんじゃないかしら」 「それもそうかもな」  こんな会話を交わした天音と神田は後々年中賑やかに漫才のようなやり取りをするようになる。どうにも気が合ってしまうようだ。  賑やかなのが一人増えたなあと甲斐は苦笑いそうだった。けれどもなんだか気持ちが良かった。 「天音ちゃん、どうぞ」  カウンターに天音へ作ったノンアルコールのカクテルを甲斐が置くと、天音が目を輝かせて綺麗なグラデーションを伴うグラスを見遣り、そうして甲斐に微笑んだ。 「ありがとう、甲斐さん」 「これはね、天音ちゃんにやっと会えたね記念のプレゼント」  まるで全員の気持ちを代弁するかのように甲斐はそう言った。  一番彼女を待ち焦がれていたのは誰か。甲斐は自分ではないことは確かだと思っている。  「あれ?」と天音以外が思った。  どうやら甲斐は「天音ちゃん」を崩す気がないようだ。  篤が駿河と呼んで、自分たちの中では呼び捨てが定着した。本人は無意識だろうけれど、それは独占欲に似たものかもしれない。  それとも彼の中であまねと天音は別人なのか。  量りようがない。だから気にしないことにした。 「でね、天音ちゃん。この人たちに気に入られちゃったら無茶苦茶なことばかり付き合わされるよ」  一応篤から聞き及んでいる話では、性格に難はあるけど素晴らしく優等生とのことだった。だから忠告も兼ねて今後困らせないように伝えてみたものの、天音の反応は大抵の人間と真逆だった。 「楽しそう! 仲間に入りたい!」  変わらないな、と甲斐は思った。  興味に従順、彼女の美点、だから彼女が見る世界は遍く美しいのだった。  きっとこの子も同じなのだろう。
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