語らいは必要としない

5/5
前へ
/13ページ
次へ
 甲斐はカクテルを作る時、なんとも心地良さそうな表情を浮かべる。  その顔を見ていれば、彼が何を思いながらシェーカーを振るのか、親友たちには丸わかりだ。甲斐自身も自覚がある。だから彼がカクテルを作る姿を、みんなはナルシストだと揶揄する。いつもお前は仙人みたいだと言われ続けてきたように。けれども甲斐は未だにそう言われることが不満だし納得がいかない。納得はいかないけれど、心地好いことは認める。あの人を思いながら作ることに意味があった。ギターを弾いていた時と同じように。  幾つかのリキュールを選び、シェーカーを振り出した甲斐の手を、天音は惚れ惚れと見つめた。いつ見ても綺麗な手だなと思う。高校三年生のあの夏の日、「あまねく音」を奏でた甲斐の手はきっと綺麗に違いないと思っていたら、彼の手はいつ見ても見惚れるほどに綺麗だった。 「天音ちゃん?」  幾つかの果実系のリキュールとトニック、仕方ないからほんの数滴だけテキーラを入れてあげた。グラスの底には最初にマーマレードを。丸みのあるカクテルグラスにシェーカーの中身を空けた後、そっとスプーンで撫でるように一混ぜ。  出来上がったカクテルを甲斐が天音の前に置いて手を引っ込めようとした時、天音はぼうと甲斐手元だけを見ていた。あまりにも天音が覚束ない目を伏せているから、彼は少し首を傾げて彼女の名前を呼んだ。  親友たちはいつも思う。甲斐という人間は無意識に物事を整理するから鈍いところがある。その鈍いところはとことん鈍くて呆れる。  神田が天音のとなりでこっそりとため息を吐いた。そのとなりで誠が肩を竦めた。  迅は無性に胸がしくしくとした感覚を覚え、玲二は切ない心持ちが溢れそうでそっぽを向いた。その顔を、玲二は誰にも見られたくなかった、今だけは。  天音は咄嗟に何も言えなくて、甲斐の顔を見上げた。何かを言いたい、言いたいことがある気がする。言いたいことがある気はするけれども、何が言いたいのかわからない。そんな目で甲斐を見た彼女に、彼は彼で次に何を発すればいいのか見当が付けられず、代わりに横目に見た神田のため息を指摘してみた。 「かんちゃん、何か言いたそうだね?」 「俺はショットガンがしたい」 「あのねえ、だからさあ」 「天音もテキーラ飲みたいって言ったじゃん」 「だからちゃんとテキーラも入れた」 「だーかーらー、ショットガン。さっさとさせろよ。天音は絶対強い!」 「そういう問題じゃないでしょ」  神田がそんな風に甲斐に食ってかかる理由を誠は気づいていた。自分の奥の二人の様子が明らかにおかしい。神田も気付いているのだろうからこんなことを言っているに違いなかったが、間に挟まれて座っている自分が哀れに思えてきた。止めなちゃ止まないだろうなと思いながら、頰杖を突いてそちらの方を見遣っていたら、天音のなんとも嬉しそうな、いつもとは違う穏やかに微笑む姿が目に映った。 「………そろそろ乾杯」  いい加減に誠が神田と甲斐を止めると、しくしくしていたはずの玲二と切なさが溢れそうになっていた玲二がまちまちに笑い声をあげた。二人が思ったことは同じだった。そうだ、それでいいんだと妙に納得がいってしまい、そう思ったら自分たちが滑稽に見えてしまった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加