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プロローグ
僕はどうしても彼女の願いを叶えたかった。
僕の一番美しいあの人が願うことならば、なんだって叶えてあげたい。
僕に出来ることならなんだって。
わたしの一番の綺麗と称して僕に名前をくれた彼女は遍く美しく、世界を遍く美しいと愛する彼女は更に美しい景色を望んでいるのだと、僕は勘違いをしていたのかもしれない。
僕の一番美しい彼女の心の中まで僕には見えない。
ただ、彼女の願うものを叶えたかった。
人という生を見つめ続けてきた彼女が、本当に望んでいたことが何かを僕は知らない。
彼女はいつだって僕のとなりで世界は美しいと目を輝かせて微笑むから、僕は安堵しきっていたのだろう。
僕らは出会う、何時も。どれだけの時が流れても、いずれ出会い寄り添う。そう在ることを望む。そして、そう在ることが出来る。
生を流離うこの僕はただの人間でしかない。
時を流離うあの人はただの人とは違う。
僕らは合わさることが許されない筈だった。しかし遠い昔に訪れた一種の終焉という転機は同時に僕らへ祝福を齎した。
永劫という祝福を。
永遠に等しい彼女は帰る場所を無くし、代わりに僕を選んでくれた。
僕は人として生きながら、いつだって彼女のとなりで美しい微笑みを愛おしむ。
彼女が見たかった世界はきっと、僕の目に映る世界なのだろう。
あの時の僕は全くわかっていなかった。
僕らの出会いは鮮明に、しかし遥か遠い昔にあり、僕は美しい彼女のとなりに寄り添うことが当たり前になっていた。
ひと時の別れが些細なことだと思っていた。
彼女がどう感じていたのか、僕にはわからない。最後まで美しく微笑んでいたから。
忘却という大きな対価を受け渡すことを望み、願いを叶えた彼女は僕を忘れた。
僕は今、僕の一番美しい人のとなりに居るというのに、それは寄り添うことと同意なのだろうか。
僕はそれでも構わない。
僕は今を諦めていた。
いずれまた、僕たちは引き合い寄り添う宿運にあるのだからと。
長い時の中で、僕らは終わりがない旅路を流離い、肩を寄せ合い、遍く綺麗なこの世界を見つめ続けることが出来るのだから。
彼女の忘却は暫しの別れを意味していて、再び出会えることを僕らは知っている。
何もかも忘れた彼女は今もいつだって美しい。僕の愛する美しいその顔で美しく微笑みを僕に与えてくれるから、現状に不満は何もない。
諦めていた僕の前に彼女が現れた。
僕を知らない彼女が現れた。
僕は彼女を知っている。
僕はやっと諦めることをやめた。
僕を知らない彼女は、やはりいつだって世界は遍く美しいとその目に映して止まないから。
僕が彼女を覚えている、それだけで僕は幸せを感じる。僕の美しい人はまるで変わらない。
これは諦めとは違う筈だ。
僕の美しい人は今も愛おしいあの微笑みを僕に与えてくれるから。
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