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書寂館へ戻る彼此の扉に到着した詩音は、ブックトラックから降りて地に足をつけた。
「まさかブックトラックに乗るなんて罪なことをすることになるとは思わなかった……」
「さすがに六台も引き連れて歩けませんよ、重すぎます」
帰り道、二人は連結されたブックトラックの先頭車両に座って空中を走行していた。霊力をエネルギーに、列車のように動くブックトラックを使って、大量の書物や折り畳みのテーブル、イスを難なく運んでいたようだ。二両目以降は、乗せた荷物が落ちないように、横にも柵がついている。
「これに味をしめて、普通の図書館でもブックトラックに腰掛けたりはしないでくださいよ」
「しませんーっ」
ぷりぷり怒る詩音を軽くあしらって、斯人は扉を開いた。来る時と同様、ページがパラパラとめくられ、書寂館への道ができる。自動走行のブックトラックを引き連れて中に入ると、耳に痛い静寂が迎えた。
「今さらですが、詩音……あなた、夜中に抜け出してきたんですか?」
「えへへ、その通り」
「怖いもの知らずにもほどがありますね。どれだけ肝が大きいんですか。肝臓肥大ですか」
「言い方!」
軽口をたたきあいながら、中ほどまで進み――。
「斯人くん?」
「しっ」
突然、斯人が足を止めた。息を殺して立ち止まる斯人に倣っていると、かすかな物音が詩音の耳に届いた。
音源は上。リズミカルな、硬い音だ。足音のように聞こえる。
「……二階に、誰かいる……?」
「そのようですね。お館が認めた来客ならともかく、詩音のように不測の訪問者だとしたら……」
ささやきあいながら、二人はそろそろと階段のほうへ歩みを進めた。斯人が、ブレザーのポケットから取り出した手帳を開いて、主に問いかける。
「お館、誰か招き入れたんですか」
白紙のページに綴られた返事は、一言。
『上を見よ』
を見よ参照に従って二人が顔を上げると、ちょうど足音が踊場へ下りてくるところだった。
フリルが揺れる。スカートの裾が揺れる。エプロンが揺れ、金糸のごとき長い髪が揺れる。
そして最後に、さえずりのような可憐な声に、止まっていた空気が揺れた。
「こんばんは、かくと」
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