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遅めの朝食は、詩音がこっそり持ち出した食パンと牛乳を使ったパン粥だった。
「僕はいつまで病人食なんですか」
「うーん……いつまでだろうね?」
「……」
非難の視線には気づかず、詩音は蛇口をひねって水を止めた。
「よし、洗い物終わり! 斯人くん、今何時?」
「もうすぐ十時です。チャーリーが来るころですか」
「うん」
パン粥の作り方をノートに記していた斯人は、残りを簡単にまとめて椅子から立ち上がった。
「チャーリーめ、ちゃんと仕事の用件なんでしょうね……?」
「別に私用だっていいじゃない。ところで斯人くん、前から気になっていたんだけど、こっちの部屋は何?」
詩音が指さしたのは、本館とつながる渡り廊下とは反対側の壁際。キッチンに向かって右側に見える、三つ並んだ同じような見た目の扉だ。
「そっちは僕たちの私室です」
「『たち』? ああ、ハクのぶん?」
「いいえ、両親が生きていた時の部屋もある、という意味です」
「あ……」
また斯人にこんな顔をさせてしまった、と詩音は後悔した。あえて声を明るくして尋ねる。
「か、斯人くんの部屋はどれなの?」
「一番左のそっちです」
「見ちゃおっかな」
「別に構いませんよ」
打っても響かないどころか空振りした気分になったので、詩音は逆に気恥ずかしくなってやめた。
「ちなみに、遠慮して聞かないでしょうが、真ん中の部屋が両親の部屋でした。当時のままにしてあります」
「そう、なんだ」
うなずきかけて、その首を横にかしげた。部屋は三つ。一つは斯人の部屋で、もう一つは両親の部屋だという。では、残りの一つは誰の部屋だというのだろう。
「ねえ、こっちの、一番右の部屋は……」
一歩、そちらへ近づいた瞬間だった。
「斯人くん……?」
詩音の腕は、斯人にがっしりとつかまれていた。華奢な腕からは想像もできない強い力で握られ、詩音は顔をしかめた。
「い、痛いよ、斯人くん」
「あ……」
斯人はすぐに手を離した。詩音をとらえている間の数秒、斯人の黒っぽい常盤色の瞳は、今ここを見ていなかった。
「……失礼しました。ですが……どうか、その部屋だけは、開けないでください」
「え……」
「絶対に」
「う、うん……」
もとより、無断で入るつもりなどなかったが、詩音は素直にうなずいた。
ちょうどその時、階下で扉が開く音がした。
「チャーリーが来たみたいです。……行きましょう」
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