2|斯人

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*** 「仕方ないので、書架整理でもしておいてください」  そう言い渡された詩音は、頬を膨らませながら書架へ向かった。途中、振り返ると、斯人は生成した本に指を置いたり、手を滑らせたりして、要領よく装備を進めていた。ブッカーやラベルなども、霊力によるものらしい。あまりにもよすぎる手際は、プロの技そのものだった。 「勝手に霊力があるなんて決めつけて、無能だなんて。ひどいよ、もう」  ぶつぶつと文句をたれながらも、詩音は書架の本をそろえ始めた。しばらく、黙って作業を行う二人の手元から生まれる無機質な音だけが場を支配した。静寂に終止符を打ったのは、斯人のため息だ。 「これで全部ですか……。詩音、そちらはどう……!?」 「ん?」  呼ばれて、詩音は高所から斯人を見下ろした。彼女が乗っているのは、木製の椅子を組み合わせて作られた簡易な踏み台。ぐらぐらと揺れていて、見るからに危なっかしい。 「何をしているんです!?」 「書架整理だよ。斯人くんがやれっていったんでしょ?」 「ええ、質問が悪かったですよ! 何を踏み台にしているんですかと聞いているんです。脚立を使いなさい、脚立を!」 「えー、脚立なんてどこに……わ!?」  周囲を見回そうとしてバランスを崩した詩音は、重力に抗えるはずもなく落下。同時に、簡易踏み台が崩れる音が響いた。 「び、びっくりした……、あ」  顔をあげて、詩音は固まった。すぐそば、ほんの十センチほどの距離で、彼と目が合った。イケメンというより、美人という表現が似合う整った顔にはめ込まれた双眸。詩音は、これまで黒目がちだと思っていたその瞳が、間近で見ると深い緑をしていることに気が付いた。  呆けるように見とれていると、常盤色が不機嫌そうに細められた。 「僕はびっくりした上、ぎっくり腰になりそうですよ。早くどいてください」 「あっ、ご、ごめん!」  詩音は慌てて体を起こした。彼女は、下にいた斯人を押し倒し、覆いかぶさるように倒れていたのだ。 「大丈夫? ぎっくり腰になっちゃった?」 「いいえ、韻を踏んだだけです。ご心配なく」 「何それ……?」  ふきだしそうになりながら、詩音は斯人の手を引いて助け起こした。一息ついて、詩音は、斯人がカウンターを離れた理由に気づき、声をかける。 「お仕事、終わった?」 「ええ、目処はつきました」  そう言って、斯人は窓の外に目を向けた。こらえきれない高揚感を察して、詩音は笑みをこぼす。 「じゃ、さっそく行こっか」
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