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世界が燃える夢を見た--。  ここはあの世ではない。この世に描かれた地獄の巷だ。    海は赤黒く染まり、どす黒い黒煙が空を覆い、大地はひび割れて砕けゆく--。  黒煙より降り注ぐ雷は地上を逃げ惑う人々を裁きの如くうち据え、荒れ狂う大竜巻は矮小な人間の建造物を易々と吹き飛ばし引きちぎる。  大地の亀裂は竜の顎の如く開かれ、車を、家を、店を、ビルを、人々を、呑み込んでいく。  対災害用の建物は易々と機能を失い、灰色の瓦礫と化した都市を怪物の影が揺らめきながら見下ろしている。     屍の山を築き、血は河となり、燃える煙は雲のごとく、屍山血河を無数に描く。    決壊したダムから吹き出した水は濁流となって河から溢れ、村々を飲み込み、泣き叫ぶ声は水面に消えていった。    ミサイルのジェットエンジンや迫撃砲の炎が黒煙に混じり、蜘蛛の子を散らして逃げ惑う人々はだるま倒しになり、潰れていく。  世はまさに地獄絵図--。  生命線を失い、都市機能を絶たれてただの灰色の巨搭に成り果てたビルよりも高く、矮小な人々を見下ろす影があった。  搭よりも長い鎌首を幾本も伸ばし、溶岩の輝きを秘めた眼が人々の様を見下ろし可可と嗤う。  人々は絶望に頭を垂れ、誰もが抗うことすら忘れてしまった地獄の脇道でたった一人だけが、怯むことなく天より見下ろす怪物に向かって強く雄叫びをあげた。  それは尊厳を、闘志を、怒りを、生きることを諦めないと誓う咆哮。 「--――――――――!!」  天を衝くほどの慟哭に怪物は静かに視線を向ける。  地盤を溶解させるほどの熱量を放ち、髪に神雷を走らせる彼もまた人ならざる威圧感を放っている。    互いに不倶戴天となった両者の闘いは一つの都市をさらなる破壊の渦に巻き込まんとする――。    ◆      全身が――――。    全身の神経の制御が外れ、指先は感覚を失い、身体は火で炙られたかの様に熱い。    熱せられた芯が身体の中心にある様でのたうち回りたく様な苦しさがあるのに、身体はピクリとも動かない。    ――熱い、熱い、熱い、熱い、熱い――。    叫び声をあげようと口を開いても、声の代わりに出るのは血塊だ。    ゴボゴボ、と口の端から流れる深紅の血は命がそのまま搾り取られているさまを思わせる。    あぁ、このまま俺は死ぬのか――。    全身の熱さが急激に引き、凍てつくような寒さが今度は感覚のないはずの手足から這い上がっている。    全身が動かなくなるほどの出血。    痛みを越えた深すぎる傷に身体が厚さと錯覚したのか。    鋭い裂傷は肩口から脇腹までを引き裂き、辛うじて繋がっている状態だ。    こんな救急車もこない廃墟のど真ん中で助かる見込みもあるはずがない――。    これは詰み、というやつだろう。    そう理解した瞬間に急速な眠気が身体を襲う。    広がりつつある血の池の量がそのまま急速な生命活動の停止へと近づいているのだ。    あぁ、こんなところで死ぬのか――。   「酷い傷だな。お前は――――」    霞む視界の中で頭上が白く照らされる。  冷たく澄んだ美声――。    それは少女の声だ。   「フフ、お前はもう死ぬ――」  頭上に影が落ちた。  誰かがこちらを覗き込んでいるのか?  影になって見えないのに裂けたような口の――笑顔だけは何故かはっきりと見える。   「お前の身体はあと数分で死ぬ状態だ。だが、我ならお前を助けることができる。もし生きるつもりがあるなら左の指を動かすがいい。それで契約成立だ」 停止した思考の中、ただ生きられるのか、と言うことだけが理解できた。 「だが、この命の代償は高くつくぞ? 貴様は我との願いを果たさねばならぬ――。それは修羅の道となろう。荊と血に彩られた道を歩むならば――」   たとえ悪魔との取引だとしても――。 「…………」 「契約成立だ。お前の命は我がもらう――」 その言葉を最後に視界は暗転した――。      
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