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今日も田舎町にある小さなバーでピアノの弾き語り。
昔のヒット曲を演奏し歌った。
少しだけ盛り上がる。
それなりにスペースのある、異空間のように洗練されたバーのフロアに、小さな拍手が少しだけ響いた。
それでもいい。
たった一人でも、覚えていてくれる人がいるならば。
演奏を終えて、私は精一杯のお辞儀をして、またピアノの弾き語りに戻る。
昔は得意の十八番だったジャッキー&ロイの曲を弾き語りしたいところだが、今はもう一緒に歌ってくれる相棒がいない。
私一人で歌っても魅力は半減だ。
魅力が半減してしまっている現実を、私が一番聴きたくないし、知りたくないのだ。
本当は唯一のヒット曲だって、私一人じゃ魅力が半減しているから、かってはそれを知る事が辛くて中々歌わなかったが、お客さんから何度かリクエストがあった。
リクエストがあれば、私は命懸けで、必死に演奏して歌うのだ。
ひょっとしたら、やはり魅力が半減していて、幻滅させてしまうかもしれないと思いながら歌ったが、お客さんは温かく迎えてくれた。
それからはアレンジを変え、練習に練習を重ねて、私一人でもなんとか聞かせられるレベルのものにはしたつもりだ。
私がこれ以上、自らの栄光の過去の残骸に幻滅したくないから。
まだまだ研鑽が必要だ。
かって相棒と回った全国ライブツアーの時のように、満杯のお客さんの前で歌うことはもうない。
ニューアルバムやらシングルの新譜が飛ぶように売れることもない。
しかし本日も、一人の酔っ払った農作業服姿のおじさんが、私のインディーズCDを1枚演奏後に黙って買ってくれた。
それでいい。
ありがとうございます。
一人でも聴いてくれる人がいてくださり、一人でも私の演奏や歌を聴いて喜んでくれる人がいるなら。
たった一人でも、私たちのヒット曲を覚えていてくれる人がいるなら。
演奏が終わり、いつものバーボン・オールドクロウを、マスターが一杯奢ってくれた。
マスターは、昔私たちのファンだったという以外、何も言わない。
演奏や歌の良し悪しや調子について論評することもない。
私とは他愛ない世間話しかしない。
でも私にずっとこのバーでピアノを弾かせてくれている。
黙って私を見守っていてくれる。
バーの外に出ると、夜だからか、周りの雑木林が一段と鬱蒼として見えた。
しかしその遠い向こうの方に、夜の海が灯台の灯りに照らされて、時々光って見える。
波の音はここまでは聞こえないが、耳を澄ませば聞こえるような気がする。
この眺めが好きだった。
その微かな煌めきが、いつまでも消えないように、と、
いつも心で祈った。
まるで、自分自身に、祈るように。
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