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「………」
浴室から獅琉の鼻歌が聞こえてくる。
俺の予想は当たり、その場に片膝をついた潤歩がそっと浴室の扉を数センチ開き、無言で顔を近付けた。扉はよくあるスモーク的なものではなく、ちょっとオシャレな木材で、横開きのタイプだった。目線の高さにガラス窓は付いているが、しゃがんでしまえば中からは見えない。
「………」
無言で俺にも「覗け」と合図をする潤歩。慌てて首を横に振ると、舌打ちと共に腕を引っ張られて無理矢理しゃがまされてしまった。
確かにちょっと気にはなる。
俺はゴクリと唾を飲み込んでから、隙間に片目を押し付けた。
獅琉は何も知らず体を洗っている。当然ながら全裸で、こちらには背を向けていた。
真っ白い肌が浴室の明かりで更に白く輝き、その表面を滑る泡がキラキラと光っている。
──天使だなぁ。
形の良い尻に釘付けになっていると、潤歩に頭を叩かれた。
「代われ、バカ」
その場を譲り、渋々立ち上がる。鼻血が出なかったのは獅琉の体があまりに美しく芸術品のようだったからだ。
シャワーの音がして、体に付いた泡を流す姿を想像した。濡れた髪と伏せた睫毛が色っぽい。見ていないけど得意の妄想を膨らませつつ潤歩に視線を向けると、「コイツ体だけは満点なんだよな」「あー突っ込みてえ」とかブツブツ言いながら自分の股間を触っていた。
「潤歩さん。もうやめといた方がいいですって」
「何言ってやがる、てめえも覗いたくせによ」
「でもだからって、こんな変態的な真似を……」
「変態はお前だろうが、鼻血小僧っ」
言い合う俺達の真横で、突然──勢い良く扉が開いた。
「………」
「何やってんの?」
わざわざ見なくても網膜に浮かぶ、獅琉の満面の笑み。
「潤歩。……亜利馬?」
「ごっ、ごめんなさいっ……!」
咄嗟に頭を下げて謝罪し、きつく目を瞑る。叱られるのも殴られるのも覚悟の内だ。見てしまった記憶は消せないけれど、やっぱり悪いことは悪い。
「亜利馬」
「はいっ!」
「謝る時はちゃんと相手の目を見て」
「あ、──す、すみませんっ」
深く下げていた頭を持ち上げ、しっかりと目を開いたその瞬間──
「なんてね!」
「っ……!」
笑顔で仁王立ちした全裸の獅琉が視界いっぱいに映り、俺は盛大に鼻血を噴かせながらその場で気絶した。
「お前さぁ、本番の撮影の時どうすんの。鼻にティッシュ詰めたまま撮るのか?」
ベッドの上、俺はうちわで自分を仰ぎながら申し訳なさに縮こまる。
「すいません……頑張ります」
「頑張ってどうにかなんのかよ。『ブレイズ』のメンバーだから顔出ししないわけにいかないしな」
「結局は慣れだと思うんだよね。俺だって中学の頃はAV見るだけでドキドキしてたし。今じゃ誰の裸見ても何も思わないけどさぁ。自分に刺激がないと興奮しなくなったし」
シックな黒いバスローブを着た獅琉がミネラルウォーターを飲みながら頭を傾げた。
「本番までに訓練はした方がいいかもね」
「く、訓練ですか?」
「潤歩」
「おう」
いきなり後ろから潤歩に羽交い絞めにされ、俺の手からうちわが落ちた。
「な、何すんですかっ」
「訓練だろ」
嫌な予感しかしないが、俺のためにやってくれているというのは分かっている。俺は唾を飲み下して、背後に潤歩、そしてベッドを下りて俺の正面に回った獅琉が何をするのかをじっと待った。
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