潤歩、彼氏モード発動

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 全く知らなかったけれど「準備」というのは結構大変で、そして凄く恥ずかしいものだった。 「……洗う用のキットがこれね。水じゃなくてぬるま湯にするんだよ。……あと、一気に出したら駄目だよ」 「だ、大丈夫かな……このホースをお尻に入れるんだよな?」 「不安なら見ててあげるけど……」  風呂場で四苦八苦する俺に色々と教えてくれたのは大雅だった。「俺よりお前の方がバックの経験あるだろ」と、潤歩が大雅に俺への洗浄の伝授をするよう頼んでくれたのだ──が、どうにも一人じゃ勝手が分からない。 「ご、ごめん。見苦しいと思うけどそこにいてくれる? やっぱ一人だと不安かも」 「別にいいよ。そういうの気にしないし」  そうして大雅の前で洗浄を試してみたわけだが、細いホースを通じて尻の中にぬるま湯が入ってくるというのは何ともいえない妙な感覚で、思わず声が洩れそうになってしまった。  受ける側の人達はみんな、撮影前にこんな大変なことをしているらしい。いや、AVに限らず普通のゲイカップルでもそうだ。ちゃんと洗浄しないと色々大変なことになる。 「だいぶ綺麗になったね。感覚は掴めた?」 「は、はい」 「なるべくなら撮影前は食事しない方がいいよ。その方が洗うのも早く済むし……」  無表情のまま淡々と説明してくれる大雅だって、ウケ側に回る時はこれと同じことしているのだ。エチケットでありマナーであり常識でもある「お尻の洗浄」。慣れるまで少し時間がかかりそうだな、と思う。 「おい、ケツ洗ったのかよ」  そういう品のない言い方をしてくるのはもちろん潤歩だ。わざわざ風呂場にやって来て、尻丸出しの俺を見て笑いを堪えている。 「大丈夫だと思うよ。亜利馬、体拭いたらパンツ穿かずにそのまま来て。ベッドで教えるから」 「ごめん、何から何まで……」  ちなみにここは、獅琉の部屋ではない。事務所の周辺にあった安普請なラブホテルである。  獅琉は別に構わないと言ってくれそうだけど、どうしても獅琉のお気に入りであるバスルームを汚したくなくて、俺からホテルを使うことを提案したのだ。  断られるかと思ったけれど、大雅は意外にも二つ返事で了承してくれた。どうせ暇だからとは言っていたものの、昨日今日会ったばかりなのにこんなお願いをしてしまって申し訳なくなる。何かお礼しないと。 「潤歩。……先週、竜介と行ったクラブ、どうだったの」 「まあ普通。ナンパされたけどそういう気分じゃねえから断ったし」 「……竜介も?」 「ああ、あいつは女に声かけられる方が多かったみたいだけど。ちゃんと一緒に帰ったから心配すんな。ていうか気になるならお前も来れば良かったのによ」 「……クラブとか好きじゃないし……別に、心配もしてない」  ベッドに戻ると、車座になった大雅が抱えた膝に顔を伏せていた。 「あ、あの。戻りました」 「竜介は悪気なくモテる天然タラシだからな。お前が不安になるのも分かるぜ」 「不安じゃないってば」 「あの、戻りました……」  もう一度言うと、大雅が顔を上げてつまらなそうな視線を俺に向けた。 「何でタオル巻いてるの」 「あ、一応……と思って」 「必要ないから、さっさとこっち来て」  ──あれ。何か怒ってる?
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