亜利馬、AVモデルになる

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 子供の頃から、テレビの中で歌って踊るアイドルグループというものに憧れていた。  バラエティ番組でちょっと意外な一面を見せたり、映画やドラマの主演に抜擢されて演技をしたり、何万人もの人の前で歌を披露し歓声を浴びたり、そういう華やかでカッコいいアイドルになりたかった。世界一幸せで楽しい仕事なんだろうなと思っていた。  だけど現実の自分は高校卒業間近でも進路すら決まっておらず、周りと同じく一年くらいフリーターして遊びながら、そこから何かやりたいことを見つければいいと思っていた。  やりたいこと。そこに「アイドルになる」ことは含まれていない。俺だって馬鹿じゃないから、歌も踊りも演技も、そんな才能ないと自分で分かっていた。  平凡な人生を歩むこと。普通の会社で普通に誰かと恋愛して、普通に結婚して普通に家庭を作る。やりくりが大変だというお嫁さんの愚痴を聞きながら子供の成長に一喜一憂し、おじさんになって酒を飲んで帰るようになり、定年退職した後はのんびり庭いじりをしながら余生を過ごす。そんな「平凡さ」の中を生きていくんだろうと、漠然と思っていた。  高校卒業前の最後の遠出ということで、バイト代を貯めて友人二人と渋谷へ行った。初めての東京だった。人の多さに腰が抜けそうになり、雑誌に載っていたのと同じ流行りの服を見て興奮した。  お洒落なカフェ、レストラン、ゲームセンター。東京には何でもあった。大人も子供も男も女も、色々な国の人達も。東京には皆が集まっていた。目が回るほど賑やかで、夜になっても光り輝き、本当に凄いところだった。  渋谷から徒歩で原宿に移動している時、知らない男に声をかけられた。 「芸能関係の仕事に興味ありませんか」。名刺をもらった俺はその瞬間、心臓がドクンと音をたてるのを感じた。  友人二人は胡散臭そうな顔をしていたが、俺は熱心に男の話を聞いた。興奮しすぎて殆ど覚えていないが、確かに男はこう言った。 「グループに加入して、アイドルみたいな仕事も」  諦めるどころか始めから目指してすらいなかった「アイドル」。テレビの中だけでしか存在しなかった子供の頃からの憧れ。歌って踊って演技をする、華やかな若者達──。  俺は突如目の前に現れたアイドルへの道に、一も二もなく飛びついた。気付けば名前や齢や出身地などの個人情報を、聞かれるままぺらぺらと喋っていた。 「やめとけよ」 「行こうよ」  友人の声も耳には入っていたが、頭には入っていなかった。腕をぐいぐいと引かれても俺は男の話を聞いていた。もらった名刺を友人が引ったくり、男に突き返す。二人がかりでその場から引きずられる俺のポケットに、男が友人には分からないよう何かを入れた。 「全く、お前はすぐ騙されるんだから気を付けろ」 「お前の母ちゃんからも言われてるんだからな。東京の変なのに巻き込まれないようにって」  友人からは叱られたが、それも当然のことだった。俺達の高校でも東京で変なものを高額で買わされたり、詐欺に利用されかけたり、何かと被害に遭うクラスメイトがいたからだ。「東京は油断すると怖い所」。そのイメージが俺にも無いわけじゃなかったけれど、「アイドル」と言われてときめいてしまったのは事実だった。  地元に戻ってからも、男にもらった紙を見つめて過ごした。080から始まる携帯番号が書かれた紙だ。あの男の番号なんだろう。これにかければ、俺もアイドルの世界に一歩踏み出せるのだろうか──  それから俺は両親を説得し、高校卒業後に上京することを決めた。
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