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そうしてやってきた、俺の本番撮影当日。
泣いても笑っても今日、俺は潤歩とセックスする。
「何回も練習したし大丈夫。俺ならできる。俺なら絶対できる。やればできるんだ……」
呪詛のように口の中で繰り返す俺を、隣に立った潤歩が呆れたような目で見ていた。
今日の潤歩はスタイリストさんが選んだ服を着ていて、白いTシャツと黒いパーカにジーンズという、普段よりずっと落ち着いた格好をしている。俺の方も私服ではなく、流行りのロゴがプリントされた七分袖の黒いTシャツとカーキ色のカーゴパンツだ。少しヤンチャっぽい感じでと言われて、ペイント柄の可愛いスニーカーまで用意されていたのには驚いた。
「デート風景では音声は入らないから、肩の力を抜いてやってくれ。普段通りでいい」
「あ、そうなんですか? 良かった……」
山野さんの言葉にようやく少しだけ落ち着くことができた。
それからもう一つ安心したのは、撮影用カメラがそれほど立派なものではなかったということだ。よく見るテレビ撮影用のデカいカメラをカメラマンが担いで、かつ音声とか照明とか色々俺達の周りに集まるのかと思っていたけれど……今回の撮影班は一人で、首から下げているそれも普通の一眼レフカメラだった。もちろん高価な物ではあるけれど、想像していたよりもずっと気楽な感じで撮るものらしい。
「よし、それじゃあ行くぞ亜利馬」
「あれ、山野さん。二階堂さんは来ないんですか?」
「監督は獅琉の撮影に行っている。代わりに俺がこっちに来た」
「まあ、そりゃそうか……」
午前十時。春風が吹く、青空の下──場所は渋谷区の、とある有名な通り。平日の午前中は人が少ない時間帯だというけれど、俺からしてみれば充分通行人は多く賑わっている。
なるべく他の人が映らないように。これは撮影班と編集の仕事になるから、お前達はとにかく気楽にやれと山野さんに言われ、俺は大きな声で返事をした。
「頑張ります! よろしくお願いします!」
「………」
潤歩は俺の隣で黙っている。
「それじゃあ、スタート」
通りの入口から一直線に歩き、長い長い通りの終わりを目指す。DVDにはそこまで多く収録されないらしいが、取り敢えず終わりを目指すのだ。
ぎこちなくその一歩を踏み出した瞬間、潤歩が「ぷっ」と笑って俺を見た。
「お前、緊張しすぎ。田舎者だって周りにバレるぞ」
「だ、だって田舎者ですもん」
「リラーックス!」
「わっ! な、何すんですかっ!」
ふいに尻を叩かれて、俺はその場で飛び上がった。
潤歩は笑っていた。いつもの意地悪な悪魔顔じゃなくて、若干幼めの、イタズラ小僧みたいな笑顔で。
──「役」に入ってるんだ。
「……う、潤歩さん。今日の服カッコいいですね。いつものロックな感じじゃないけど」
「いつもの方がカッコいいだろうが」
「俺はこっちのラフな方が好きだなぁ」
「ノーセンスの塊だな」
紫色の逆立たせた髪とピアスはいつも通りだけど。ファッションと顔付きが違うだけで、まるで別人みたいだ。
「わ、何あれ」
前方を指さすと、潤歩が俺の視線の高さに顔を合わせてきた。ふわ、と爽やかな香りが強くなる。
「ああ、新店舗がオープンするからパフォーマンスしてるんだろ。お前も風船もらうか?」
「い、いいですよ子供じゃないんだから」
すかさず撮影アシスタントの人が風船を持ったピエロの方へ駆け寄り、赤い風船をもらって戻ってきた。俺に持てというのだ。風船という小道具が増えただけで、途端にデートっぽくなった。──俺が女の子だったらの話だけど。
それから俺達は服屋の店頭商品を見たり、ふざけて肩を押し合ったり、笑い合ったりした。
撮影係よりもアシスタントさんの方が大忙しで、俺達がそこに到着する前に食べ歩き用の綿あめを買ったり、二人で自撮りをするためのスマホ(実際には何も映っていない)をナイスタイミングで潤歩に渡したりとあちこち走り回っていた。
カメラが俺達に向けられているから撮影しているというのは周りの人達も気付いたらしいが、流石は都会。この街ではそういうのは珍しくないらしく、誰一人気にしていない。数人の女の子達が潤歩を見て「わ、イケメン」と言っていたくらいだ。
最近では動画サイトに投稿するための撮影もあちこちで行なわれている。俺達もそれと同じだと思われているらしかった。
そうして約四十分かけて通りを歩き終え、一旦撮影が止まって今度は公園へ移動となった。
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