1.いざ拘置所

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 引き剥がしたあと、力なく告げる。  自分でも思った以上に肩を落としていたことを、徳憲はあとから察知した。  この気持ちは――何だ?  初めての感覚だった。徳憲は忠岡が苦手だったはずなのに、男の影が去来した途端、打って変わって焦燥感に支配されている。  異性の交際関係でヤキモキするなんて、まるで青春ドラマのようではないか。  今年で三十路を迎える大人が、いい歳して『遅咲きの春』に懊悩する青臭さ――。 (ああ、くそ! 俺には『青春』なんて必要ない! 俺はもう諦めたんだ! 小夜さんと結ばれなかった時点で、俺はもう……!) 「まーいーじゃん、とにかく会いに行こーよ!」  忠岡は徳憲の心境を知ってか知らずか、そそくさと出口へ踵を返した。  本当に出発するのか。彼女の腹が読めなかった。昔の男に会うなんて自殺行為だが、それは一概に自虐ではなく、目的のためなら多少の苦難も甘受する臥薪嘗胆なのだろう。  あるいは単に、自説のシンクロニシティを推したくて、元凶の惣谷をも丸め込もうと画策しているのか。いや、この女傑に限って、そんな下らない体面のために行動するはずがない。何らかの目算があるに決まっている。  それこそ腹黒い、余人には及びも付かない、人を食ったような目算が――。
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