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「惣谷愴助、よ」わざわざ言わせるな、と抗議を込める忠岡。「悲愴の『愴』に、助けるって書いて『愴助』……『愴しむ者を助ける男になりますように』ってゆー意味を込めて命名されたらしーわ。ヘソが茶を沸かすわよね」
助けるどころか詐欺の片棒を担ぐ卑劣漢になったのだから、何とも皮肉な名前である。
あえて逆説的に『愴』というマイナスイメージの漢字を使用した名付け親もどうかと思うが、これはいわゆる『キラキラネーム』というものだろう。
我が子に前衛的な珍名を与えたがる屈折した親心だ。おかしな響きの読み仮名や、難読な漢字を当て込んで、独創性の高い命名をする。そうした心理は判らなくもないが、この傾向は低所得層や片親の家庭に多い点も、しばしば社会問題で取り沙汰される。
――そう言えば忠岡悲呂も『悲』というマイナスイメージの漢字が使われている。珍しいキラキラネームだ。彼女は親に捨てられた孤児院育ちという話だから、命名もろくでもない理由だったに違いない。
「あたしの『悲呂』と愴助くんの名前を合わせて『悲愴』コンビって呼ばれてたんだけどねー。まさに悲愴な決裂を迎えちゃったわー。全っ然笑えないけど」
彼女なりにうまいことを言ったのかも知れないが、剣呑な雰囲気のため和めない。
愴助は忠岡の姉・恂奈を結婚詐欺に巻き込んだ。今なお姉は精神を病み、入院生活を余儀なくされている。社会復帰できる目処は立っていない。
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