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最後の料理は、暁の星と言った。そっと掌で包み込むと、得も言えぬ幸福感が指先からじわりと滲み出すようだった。なんだか口に入れることが勿体なくなった私は、しばらく掌の中でころころと転がして遊ぶと、思い切って頭上の月に向かって投げてみた。線香花火のようにぱちぱちと火花を散らせたそれは、丸い月の周りを楽しそうに周遊すると、月を供に彼方へ飛び去ってしまった。月の去った空は白々と輝き、絹のテーブルクロスを照らしている。月の明かりが失せても、私と男の元には光が満ちていた。いつの間にか、二人の間には青い茎があり、それは私に向かって斜に生えている。
青い茎は見る間にするすると長くなり、ちょうど私の胸の高さになった。と思うと、すらりと揺ぐ茎の頂に、こころもち首を傾けていた細長い一輪の蕾が、ふっくらと弁を開いた。真白な百合が鼻の先で骨に徹えるほど匂った。そこへはるかの上から、ぽたりと露が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。
私は首を前に出して冷たい露の滴る、白い花弁に接吻した。無性にそうしたかった。この胸の切ない裡を伝える手段として、それしか方法がないと思った。百合から顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら、消えたはずの暁の星が瞬いている。男の色沢を帯びた眸からは、露に似た涙が溢れていた。
「君を百年待っていた」
私は、ようやく男と約束した百年が来たことに気づいた。
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