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第一・五夜
こんな夢をみた。
月が出ている。真珠を夜空に飾ったような丸々と太った月の下には、絹のテーブルクロスが敷かれている。私は椅子に指を揃えて着座しており、対面には神経質そうな顔をした男がいた。
男は腕組みをして、君は生きているのかねと言う。目の前に運ばれた料理には目も暮れず、君は生きているのかね、死ぬんじゃなかろうねと繰り返す。物憂げな二重瞼に縁取られた潤いのあるなかは、ただ一面に真黒であった。その真黒な眸の奥に、私の姿が鮮やかに浮かんでいる。男の眸より真黒な長い髪の、輪郭の柔らかな瓜実顔が私だ。真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、唇の色はむろん赤い。
眸のなかに自分の姿を認めて、これは男を不安にさせても仕方がないと思った。君は生きているのかね、死ぬんじゃなかろうねと問いたくなるのも無理はない。透き徹るほど深く見える黒目の色沢をいっそう瞬かせて、男は死ぬんじゃなかろうね、大丈夫だろうねとまた聞き返した。
男を安心させるためにナイフとフォークを手に取ると、それで目の前の料理をぺろりと平らげた。月の光が差してきらきらと輝くそれは、大きく滑らかな縁の鋭い貝に見えた。真珠貝のプレゼという名の料理らしい。それを美味そうに平らげた私を見て、男の神経質そうな眉が僅かに緩んだ。
だからといって、男の黒い眸から潤いが消えることはない。色沢が波のように押し寄せて、流線型となり溢れそうだ。途方もなく慌てた私は、次に運ばれてきた料理もぺろりと平らげてみせた。星の破片のコンフィ。角が取れて滑らかになったそれは丸く、口の中で転がすところころと楽しげに揺れた。温かな料理を飲み下すと、私の胸と手も少し暖かくなった気がする。男の頬に、僅かな朱が差したのを見た。
それでも男はまだ不安らしい。ポケットから出した白い手巾を心細げに握り締めている。ひどく申し訳ない心地になった私は、次の料理も心を込めて飲み込んだ。頭上にかかる月よりも眩いそれは、唐紅のテリーヌと言うらしい。これを口に入れたら舌が焼けるほど熱いのだろうと覚悟したが、不思議と温度は感じなかった。喉の奥に押しやると、切なさで胸が満たされた気分になった。不安に思い、男を見つめると、幸いなことに手巾を握り締める手の震えは収まっていた。
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