月明かりの下にて狼女はかく求めん

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月明かりの下にて狼女はかく求めん

私は狼女らしい。それに気づいたのは、確か2年前、中学三年生の時だったか。 私は前々から夢遊病という病気に罹っていた。月に一回ほど、私は気づくと家の庭で寝ていた。 お母さん曰く、私は突然起き上がったと思えば庭でぼーっと月を眺めていたらしい。まさに意味不明である。まぁ別に迷惑をかける訳でも無いし、放って置いたのだが、2年前のある満月の日、事件は起きた。 その時の夜の記憶は無い。だかはっきりとあった感触がある。私は、夜道を歩いていた。そして、恐らく誰かに会った。…気がする。 起きると私は家から2キロも離れた公園の原っぱに居た。家族には朝からランニングに行っていたと説明した。 私は私に起きた異常に恐怖した。病院に行っても決まって医師は「夢遊病」と判断し、睡眠薬を手渡す。寝ていても身体が勝手に動くのだ。睡眠薬が効く訳がない。 私はこの事を誰にも言えなかった。言えるはずがなかった。しかし、月に一回、満月の日、決まって私は歩きだす。 この時の私は、夜の記憶が無いだけ良かっただろう。今の私は夜の徘徊の記憶が鮮明に残っている。……絶対に、誰にも言えない。 私は布面積の少ない服(ほぼ水着といっても過言ではない)を着て、狼の耳、尻尾を生やして歩き回っているのだ。しにたい。 しかも私は徘徊するだけでなく、決まって誰かを追い回していた。確か気弱そうな男の子だった。同級生くらいだろうか?だが顔も名前も知らない。 そして、今の私なら分かる。この狼女の目的が。 狼女、つまり私は、 ……彼を食べようとしている。 最悪である。無意識のうちにわたしは犯罪者になろうとしている。私はこの狼化現象を一刻も早く止めるべく、日夜努力している。 例えば、満月の日に厳重に縄で身体を縛ったことがある。(そういう趣味はない。)しかしその時は縄が無残に引きちぎられていただけだった。 また、欲求を抑える為に私は全力で肉を食べた。三大欲求の一つ、食欲を完全に満たすことで欲求を減らす作戦だった。 …お腹を見せる服装になる事を完全に忘れていた。お腹が出ているのにヘソ出しなんて恥ずかしすぎた。しにたい。しかもその作戦も失敗。その日も彼を滅茶苦茶追い回していた。 他にも色々試してみたものの、全て失敗に終わった。事故を防ぐためには、見知らぬ彼に狼女から全力で逃げてもらうしか無かった。 ごめんね、見知らぬ誰か。痴女JKに夜な夜な追いかけ回されるなんて最悪だろう。え、やばい、泣きそう。 って、こんな事を考えている場合では無い。今日は9月13日、金曜日。大きな満月の日だ。 13日の金曜日、リアルなジェイ○ンになんてなりたくはない。いや、チェーソーなんて持ってないけど。 …今日も、彼が逃げ切りますように。 なんて他人任せな私は重い足取りで学校へ向かった。 学校へ来てしまうと時間というのは恐ろしいほどにあっという間で、気づくと昼休み、気づくと放課後、と。これから夜に起こる事を考えると余りにも呆気なく無情に時間は過ぎていった。 陸上部の部活を終えて家路につく頃にはすっかり日も落ちていた。 そしてついに、深夜になった。私は登り始めた大きくてまあるいお月様を睨みつける。なんでこんな目に遭わなくてはいけないのか。自分の身体が嫌いだ。いや、もっと酷い目に遭っている人がいるのだ。やめておこう。 なんて自分を呪っていると、突然視界がグラついた。ふらふらと身体が勝手に動いてはどしゃっと倒れる。吐き気がする。視界はぐるぐると回る。身体の節々が熱い。 狼化だ。この感覚を私は知っている。耳が生え、尻尾が生え、服が変わった。 …めちゃくちゃ薄いし、面積は小さい。 あぁもう、恥ずかしいっ!!なんだこのコスプレ!!毎度毎度ほんっと意味わかんない!耳と尻尾はわかるよ!?服はいいじゃん!! ねぇ!? なんて居ない相手にボヤいていると、私は目の色を金色に変えて歩き出した。いつもの彼の場所へと。 彼は山の前で待っていたかのように腕を組み、仁王立ちで月明かりに照らされた私の姿を見た。顔が引きつっている。そして少し赤くなった。 …この格好のせいだろう。はぁ、もう。恥ずかしいことこの上ない。 っていうか彼もいい加減慣れてくれ。まぁ私も全然慣れないんだけど。 そして私は走り出した。彼もそれを見て焦ったように全力で走った。 狼女のわたしからの感情が伝わる。あったかい?いや、熱い?感情。 私はついに狼女の時の感情まで読み取れるようになった。といっても、喜怒哀楽くらいの簡単な感情までしか分からないのだが。 あったかい感情。これは、喜。ってことは、 …会えて嬉しいのか、わたしは。ってなんじゃそりゃ! 思わず自分ツッコミを決め込んで私はまた彼を追いかけて走った。 道路を、住宅街を、公園を。走り回った。 息が切れる。9月といえどまだまだ蒸し暑く、走ると当然の如く身体が熱い。 信号なんて知らないものだ。どうせこの時間帯に車は走っていない。彼は痴女JKから逃げて逃げて逃げまくった。 公園の遊具を巧みに使って彼は私から遠ざかっていく。なるほど賢い。その調子だ! なんて楽観的に考えていた、その時だった。私は公園の遊具ににつまづいて原っぱに大げさに転がった。膝を擦りむいた、痛い。ん、…痛い? 私は驚いた。この狼化で始めて「痛覚」を知った。どんどん感覚が一体化しているのだろう。ついに感触まで伝わったのか。 何はともあれチャンスだ。転んだ今なら逃げ切れるだろう。きっともう彼は見えないところにいる…はずだった。 彼は、先程の位置からより私に近づいていた。そしてそのまま心配そうに恐る恐る私に近づいて、尋ねる。 「え、えと、大丈夫……です?」 彼は血が滲む私の膝を見て驚いた。そして、ハンカチを私の膝に当てた。 「これ、良かったらどうぞ。」 …何やってんだバカ!今は逃げる時だろ!痴女だぞ!?ただの痴女じゃないぞ!?狼コスプレ痴女だぞ!? そんな感情が伝わるわけも無く、彼は私の月明かりに照らされた破廉恥な姿を見て真っ赤に染まり、目を逸らした。それでも、私の側にいてオロオロしていた。 優しい人、なのだろう。ホント馬鹿だ。さっきまで全力で逃げてた癖に。 ゆっくりと身体が動いた。無論、無意識である。 私は、ゆっくり動いたと思えば、そのまま彼の方に倒れ込み、そのほとんど裸体である身を彼に押し付けた。 とまって、私!とまって!!ストップ!!ね?ね?やめよ?彼の気持ち考えよう? いや、もう必死である。 狼女の目的は、(性的に)彼を食べてしまうことだから。 彼は口をパクパクさせながら格段に距離の近くなった私に、言った。 「お、おいしく、無いです。」 そんな私のはそれを知らない風にゆっくりと彼と顔を見合わせて、彼の瞳をじいっと見つめた。 何がやばいってその密着度である。感覚を共有したわたしは彼のドクドクという心拍音が思いっきり胸に響いた。これは、つまり、私が胸を押し付けているのだ。こんの痴女めぇ!! 彼は私と目が合ったかと思うと、顔がまたみるみるうちに赤くなって、ついに覚悟したようにぎゅっと目を瞑った。 可愛い。…不覚にもそう思った。ち、違う違う!これは、あれだから!狼女の感情だから!うんうん、そうに違いない!! 私はそれを見ておかしいようににこっとわらい、すす…と、彼の真っ赤な耳元に口を寄せて、小さく、本当に小さく。 「だぁいすき♡」 と、言った。言いやがった。この野郎。私だって誰にもそんなこと言ったこと無いのに。ち、畜生…!! そして、また私は彼の顔を見た。彼は先ほどとは違って大きく目を見開いた。 「んなっ、ななっ、な、な。」 彼がプルプルと震えながらあわあわとしていた。顔は真っ赤で、ついに涙目だった。 そりゃこんなことされたら泣くよね…。私も一緒に泣いていい?良いよね? まだまだ私は止まらない。私は彼の汗ばんだ首筋をぺろっと舐めた。しょっぱい。男の子!って感じの匂いがする。先程まで全速力で走っていたからだろう。彼のその匂いは不覚にも心地よい匂いに感じた。 ち、違うから!!ここっ、これは狼女の感じょ(以下略) 「ひいぃうっ!?」 上で小さく声が漏れていた。あーもう。何も言わないよ、私は。もうコメントもないや。 ただただ羞恥の感情しかない。ごめんね、許してね。私も、私もこんなことするの初めてだから。 そして私は満足そうにその体勢のまま眠りについた。月明かりの下に、彼の元に身体を置きっぱなしで意識は、途絶えた。 気づくと朝だった。制服で昨日の公園の原っぱに寝転んでいた。…夢であって欲しかった。恥ずかしすぎる…。しにたいっ!! しかし、私に被せられていた彼の上着からあれは夢じゃなかった事を知る。最後まであいつは、優しかったのだ。というか、顔をちゃんと見たのは初めてだった。…可愛かった。 すこしだけ、ほんの少しだけ。来月の満月の日が楽しみになっていた。 なんて!
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