プロローグ

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プロローグ

「前任の佐々木先生の代わりに新しく赴任しました、四楓院倭斗(しほういんやまと)言います。西の出身なんでそっち訛ですが気にせんとなんでもお話して下さい。男の養護教諭でがっかりしとる奴もおるかも知れんけど、皆とはよう仲良うなりたいんで、用がなくても気軽に保健室訪ねてきてや。よろしくお願いします」  特徴的な声音。他人に興味を惹かれることのない自分にしては珍しく、壇上の方へと視線を持ち上げた。非対称に切られた短髪にメタルフレームの眼鏡──華奢な身体にグレーのスーツがよく似合っていた。  壇上から生徒を見るその瞳が、とても優しそうに笑う。そんな彼のことを、図らずしも睥睨した。  桜舞う四月──始業式。  自分達と同じ新年度に採用された教職員の紹介と挨拶。正直な話、この式典への参加自体、自分にとってはどうでもいいことだったりする。これについては生い立ちが深く関係しているのだが、物心がつくかつかないかの頃から《大人》が嫌いだった。自分達の都合ばかり押しつけ身勝手に振る舞う行為やこちらの人権を無視したような態度。そんなものに年端もいかない幼少期から振り回され、挙げ句の果に児童養護施設に放り込まれる始末だ。生みの親とはそれ以来会っていないしどこでどうしているかも知らない。生きているのか死んでいるのかさえ興味を持つことすらなかった。  当然、大人を信用しなければ施設の中でもうまくいくはずもない。職員と喧嘩するのは日常茶飯事、危険因子扱いされ独りきり違う階の最奥部屋に隔離され、歳の近い子供と接する機会もほんの僅かしかなかった。そんな扱いをされれば自然と心は荒んでゆくものだが、幸い、施設職員の中の一人が目をかけてくれ、生きていくに必要な最低限のマナーや道徳、勉学に至るまでを覚える機会に恵まれた。 《働ける歳になったらすぐにでも施設を出て住み込み出来る場所で働きたい》そう申し出た自分に彼は「なにも焦ることはない。今どき義務教育終了過程だけで雇う企業はごく僅かだ。せめて高校に行って、多くを学びなさい。それからでも社会に出るのは遅くないよ」と説き伏せた。こちらの言い分をすべて聞いた上での《提案》に、おとなしく頷く以外の選択肢はなかった。  偶然というのは重なるもので、今回入学した高校の学校長とその施設職員とはかつての盟友だったらしい。盟友の頼みとあらばと言わんばかりに話はトントン拍子に進み、学校長からの簡単な面談と一般学生用の入学試験を受けたのち、入学を決定する通知が手元に届いた。そういうわけで《受けた恩は意地でも返す精神》のもと、多少の面倒臭さはあったが入学式に参加した、というのがことの全貌だ。壇上の上に設えられたパイプ椅子に背筋をシャンと伸ばして座る〝彼〟の姿を今一度視界に移す。  凛とした眼差し、少しだけ緩やかにあがった口角、全体的に整った顔立ちだが、多少の幼さを残す面影。他人に──特に大人に興味を惹かれない自分がここまで注意深く彼を観察するなんて。ふとそんなことを思えばハッと我に返る。 (先公なんかどいつもこいつも似た者同士じゃねぇか……どうせ)  その先に続く言葉を思い描こうとしてかぶりを振る。関わるだけロクなことがない、そんなささくれだった思いだけを心の中に刻み込む。いつだって難癖つけてくるのは大人なのだ。それはたとえ居場所が変わろうともそう簡単に変わることなどあり得ない。そんな風に思った。
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