記録1 龍遣い見習い『末廣 レン』

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 楓町は私が住む柳町に近い。ちょうど集中力が切れたところだ。早めに帰ることにした。  慣れた帰路をのろのろと行く。  冬の日差しは弱弱しく、滑り降りるように一気に傾いていく。  魔獣の発生が多いため、私は近道をする。北大通りの商店街を外れ、裏路地に入る。この路地を抜け、農道に入れば私の住む柳町はすぐそこだ。 裏路地に入って数メートル進んだ時。  スマホが鳴動した。 『近くに魔獣の反応有り。危険。直ちに――』  ザー。  危険を知らせる音声に突如ノイズが入る。  こんなことは初めてだ。  スマホの緊急通報機能を使おうとしたが、何度ボタンをタップしても、通報ができない。 「どうすれば……」  思わず声が漏れた。  その時。  すぐそばの壁に、巨大な何ものかの影がゆらめいた。  私は息を飲む。  影は、水がつたい落ちるように、壁から落ち、地面に移動した。  逃げなければ。  私は駆けだす。全力を振り絞って。  影が地面を滑り、ついてくるのを背中で感じ、恐怖する。  やみくもに走る中、うずくまる人影が視界に入る。  他人を気に掛ける暇などないが、黙ってひとり逃げるのも気が引けた。 「ま、魔獣です! 逃げてください!」  人影は少しだけ動いたが、立ち上がれないようだ。  私は一瞬通り過ぎかけたが、すぐに引き返して、人影に近づいた。  その人は、目深にフードをかぶっていて顔がよく見えないが、女性のようだ。  何かを大事そうに抱えている。 「あの、あ」 『グオオオオオオオオオ』  背後で巨大なトカゲの姿の魔獣が吠えた。その体はスライムのようにドロドロしている。  魔獣は青緑色のネバネバした液体を吐いた。 「うああああ」  私はすんでのところで避けたが、飛沫がコートの端にかかってしまった。  シュウシュウと音を立ててコートは溶ける。 「うっ」  立ち昇る異臭に顔をしかめる。 「くっ、仕方ない」  不意に女性が口を開き、立ち上がる。彼女は抱えていた紫色の玉を私に手渡す。 「このこを連れて逃げて。ここは私が何とかするから」 「このこって、え? え?」 「いいから、ちゃんと迎えに行くから」 「迎えって……」  どこの誰とも知らないのに、そう言おうとした時。再び魔獣が吠える。 「ほら早く!」  女性の声に促され、私は玉を抱えて、ひた走った。  家に着いた頃には、すっかり日が暮れていた。  普段から走らないせいか、疲労感が体中を襲う。頭の芯がゆらぐような眩暈を感じながら、玄関の前で振り返った。そこには、闇に染まりつつある見慣れた街並みがある。その暗さに身が震え、嫌な予感がした。私は急いで家へ入った。
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