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それから、私は代わり映えのない日常を送った。学校では隠れるように過ごし、澤見と牛田にいじられ、図書室で勉強をした。家では親の言いつけ通り動いた。
紫の玉は、親に見つからないように、自室の机の下に隠した。迎えに来ると言っていたあの女性のことは、次第に忘れていった。
そうこうしているうちに、試験日がやってきて緊張している間に、全ての科目が終わってしまった。
受験会場になっていた市民ホールを出る。
今日と言う山場を乗り切った同年代たちが笑いながら、脇を過ぎていく。私の中には、達成感や喜びはなかった。悲しみすらなかった。ただ、何もなかった。
私の人生なんてそんなもの。
喜怒哀楽は感知できない。自分の存在が、自分自身でも認識できないほど、空虚なものだ。
機械的に帰宅した。
家では母が出迎えてくれた。珍しいことだ。
「おかえり、試験どうだった?」
「ただいま。まあまあだよ」
「まあまあって……、まあいいわ、今日は夕ご飯食べたら、早くお風呂に入ってゆっくりしなさい」
「うん」
この家では親が言ったことがすべてだ。私はそうすることしかできない。
翌日、ふと紫の玉の様子が気になって、自分の机の下を見た。玉はもらった時と何も変った様子はなかった。
これは何だろうか、そもそも、このままでは親に見られるかもしれない。母が見たらなんというだろうか。想像しなくても、私にはわかった。
私は一瞬、この玉を捨てようと思った。しかし、なぜかそれができなかった。ただ、玉を抱えてぼんやりしていた。
「レン、ちょっと、いるの?」
あまりにもボーっとしすぎて、戸口に来ていた母に気づかなかった。
隠さなければ。
しかし、もう遅かった。
「なによ、それ」
母は冷たい視線で、私の腕の中の玉を見た。
「ひろったの……」
とっさに嘘をつく。末廣家では物をもらうと報告する義務がある。言わなかったことが判明しまうとなると、それはそれで厄介だ。
「ふうん。見せて」
「……はい」
おそるおそる母に渡す。
母は受け取ると、いろいろな角度から玉を眺めた。
「ボール、じゃないわね。なんなのかしら?」
「わからない」
「落とし物、かしら。まあ、あんたはむかしからヘンな物よく拾ってきたからね。まったく」
母はゆっくりと玉を返した。
「そうそう、今日、お兄ちゃんが休暇で帰ってくるの。お迎え、行ってくる」
「うん」
母はそう言って部屋を出て行った。
私は玉を抱えて何も考えず、部屋からも出ず、ただぼーっとしていた。
そうこうしているうちに、兄が帰ってきた。
家族四人で食卓を囲み、昼食を食べる。
兄を中心に会話が回る。
私は噛み合わない歯車として、食事を淡々と終わらせた。
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