冷めた温もり

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天井は、薄暗い灰色だった。 「じゃあ、始めるね。一から順番に数えて。」 「一、二、三…」 天井と自分の視界の間から、看護師さんの顔が見えた。白いマスクをしていたから、正確には表情はわからない、ただ感情が見えない業務用の目だった。 小学生でもあるまいしと思ったけれど、まな板の上の鯉もきっとそんな気分だったんだろう。ただ、意味もなく言われるままに数えた。覚えていたのは、「七」までだった。 目を開けたときには、薄いピンク色の天井が見えた。 消毒の匂いが鼻にツーンと届いた。結構防音がしっかりした部屋なのだろうか、待合室の騒がしさが聞こえない。この部屋だけが、空気も時間も止まっているようだと思った。 顔を横に向けたとき、隣の丸い椅子に座って寝ていたのは佐藤だった。 昨日の夜は、明後日から友達とスノーボードに行くんだと楽しそうに話していた。 (それでも、いてくれたんだ) ほっとしたような、でも二人の間にぽっかりと穴が開いたような、近くにいるのに溶け合わない、風が勢いよく通り過ぎているようだった。私は、右手でお腹をさすってみた。別に、どうってことないんだよな。何も変わってないんだよな。 (いたのかもわからない。いなくなったのかもわからない。) そう思うのに、自分の中にぽっかりと穴が開いている。佐藤は寝てるし、ほかには誰もいないから、すこし、泣いてもいいかなと思った時には、目からたくさんの後悔が流れ落ちていた。 「悪いけど、俺、明日のスノボの打ち合わせにいくわ~。」 「もう、大丈夫。気にしないでね。」 結局、私は何にすがりつきたかったんだろう。佐藤は、どんなにそばに居ても、するりとすり抜けてしまうんだ、今日みたいに。BMWに乗り込んで、振り返りもしないで行ってしまった佐藤を見送った。 ココロに空いた穴が、大きくなった。
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