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「ねぇ、ここの席の人、保健室登校だって聞いたんだけど、どんな人なの?」
親切にノートや教科書を見せてくれていた隣の席の生徒に問いかければ、下がった眼鏡のブリッジを人差し指でついと上げ、身なりを潜めて顔を寄せてくる。
「秋月って言うんだけど、入学オリエンテーションをサボったり、校内で煙草を吸ってたとかあまりいい噂は聞かないんだ。街中で暴れて警察呼ばれたとか、とにかくおっかない不良だよ。入学式でそばに座ってたんだけど、見た目からして問題児って感じで……」
話をしてくれているのはたいそう気の弱そうな生徒だった。そういう弱い立場の人間からしてみると、多少なりとも人物像を誇張表現してしまうのは、仕方のないことなのかもしれない。
それにしても、本人がいないからとあまりの言い草につい本音が漏れてしまう。
「へぇ? 君は見た目だけで人のことを判断するの? 噂だけを信じて本人の言うことは全く聞かないんだ?」
「だっ……だって! あんな怖い人と話したいとか! ……とてもじゃないけど無理だよ。四楓院先生は全然怖くないって言うけど……前に体育の授業で剣道やった時、四楓院先生と模擬戦してたけど本当に怖かったんだ……」
思い出しただけでも恐ろしい──そんな雰囲気すら男子生徒からは伺える。
「その〝四楓院先生〟って、体育の先生なの?」
「うぅん……保健の先生だよ。剣道を習っているからって理由で体育の先生が手伝いに呼んだんだ。秋月を保健室登校に誘ったのも、四楓院先生なんだって」
「へぇ……そうなんだ?」
純粋な興味だった。
入学オリエンテーションを欠席するということは、少なくとも好きで学校に通っているわけではない、という見方ができる。そんな生徒がいち養護教諭の誘いだけで保健室登校を続けるなど、興味を唆られない方が無理な話だ。
彼にそれほどまでの影響を与えた〝四楓院〟という養護教諭──そしていまこの場にいない〝秋月〟という一人の生徒。人の噂話ほどあてにならないものはない。自分は、自分の目で見て耳で聞いたことしか信じない質なのだ。
そんなわけで、彼らの元を訪ねるというところに、自分の好奇心はあっさりと傾いた。
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