第三話:歪な想い

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第三話:歪な想い

 月冴に歪な関係性を迫ってから数日。  あれほど切望したと言うのに、お互いの距離は近くなるどころか平行線のままであった。友人付き合いを含め、彼の世界を壊すつもりは毛頭なく、かといって、付き合うと言っても具体的になにをすべきか、というビジョンは全く見えてこない。なにせこちらは人付き合いが苦手なのだ。求めた時に素直に応じてくれればそれでいいとえさえ思っている。  なぜ──あのようなことを口走ったのか、尚斗としても未だにわからず仕舞いだった。ただ──ああ言っておけば、理由なく彼へ触れることへの足がかりになるだろう、そういう(よこしま)な想いがあった、それだけは確かだ。  他に惹かれる要素があったとして、細かく精査するつもりもない。いつか気づく──今の尚斗にとって、それで十分だった。  それに、月冴──彼も彼で不必要に二人きりになるのは避けているようにも見える。もともと社交的だから人を惹きつける要素は十分に備えている彼だが、こちらからコンタクトを取らない限りは、近づいてこない。  いや、近付こうとして躊躇っている。当たり前だ──丸腰で完全に油断しきっていたところを、〝ただのクラスメイト〟に襲われて貞操を奪われたのだから。こういってはなんだが、きちんと登校していること自体〝異常〟なのだ。彼の精神力の強さには賞賛を送りたい。  もっとも、それで折れてしまうような相手なら、尚斗自身興味を惹かれることはなかっただろう。一度限りの〝お付き合い〟でジ・エンドだ。  弁当を持ってクラスメイトと学食に向かおうとするいつもの風景をぼんやりと眺め、それを尻目に机に提げたスクールバッグから、ステンレス製のサーモボトルを取り出す。毎朝豆を挽いて淹れるホットコーヒー。昼食はこれをゆっくりと飲むのが習慣だ。注ごうと蓋を外したところで人影に視界を覆われる。傍らに気配なく立ったのは月冴だった。弁当箱の入った巾着をぎゅっと抱きしめ、緊張した面持ちでこちらを見ている。 「姫乃井……あの、さ……その」 「……なに? オトモダチ、待ってるぜ?」  教室の出入口に視線をやると、三人くらいの男子生徒が月冴の様子を伺っていた。 「その……姫乃井も、一緒に行かない? 学食。いつもコーヒーだけでしょ? ちゃんと食べないと身体に悪いよ?」  意外だと思った。昼休みに月冴が教室を出るまでの間で尚斗がするのは、せいぜいサーモボトルを机の上に出すところまでだ。ボトルの中身がなにかも打ち明けたことはない。 「へぇ……俺がコーヒー飲んでるって知ってんだ? コーヒーはいいぞー、なにせ頭が冴える」 「いつも教室戻ってくるとコーヒーの匂いするからそうなんだろうなぁって。頭が冴えるの? そんな効果あったんだ? 俺は言うほど得意じゃないんだよね。……苦いし」 「あぁ……お前、〝子ども舌〟っぽいもんな? 甘いのとか好きそう」 「ッ! 子ども舌って言うな! 人よりちょっと繊細なだけ!」  聞き捨てならないとばかりに反論してくる。しかしながらその顔には説得力の欠片もなかった。  ハーフと言うだけあって中性的な顔立ち──幼さを残す体躯。自分とてとやかく言えたものではないが、年頃の男と言うには頼りなく見えてしまう。そんなところが、見る奴が見れば〝可愛らしい〟という表現で成り立つのだろう。 「つかさー? 行かねぇのかー?」  遠くからクラスメイトの声がする。時計を見ると昼休みに入ってからすでに十分経過しており、このままだと彼らは学食の席取りに競り負けてしまうだろう。 「お喋りしてないで行けよ、呼んでんぞ?」 「う、うん……姫乃井は?」 「俺はいいよ。あんま飯食うと気持ち悪くなるんだ」 「そっか……」  表情がそのまま声に表れているとでも言えばいいのか、至極〝残念そう〟にポツリと零す。 「今度、一緒に行こうね? 量の少ないメニューも、あったはずだから」 「……考えとく」  短い返事に、拒絶されなかったことに安堵したのか笑顔を見せると、そのまま踵を返しクラスメイト達と教室を出ていった。
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