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よく表情を変える奴だと思う。そういうところも、月冴本人が持つ人を惹きつける魅力の一つなのだろうか。自分には──縁の遠い感覚だ。
彼が戻ってくるまで相当に時間はある。そういえば、彼とはまだ連絡先の交換をしていなかったかもしれない。カーディガンのポケットからスマートフォンを取り出して、世帯利用者最多と言われている通話・メッセージ専用SNSのアプリを起動する。
もともと限られた連絡先しかないが、やはりそこに彼の名前は登録されていない。連絡先一覧を慣れた手つきでスクロールする。
(……コイツとはもう終わったから要らねぇな。あと……コイツも態度が最悪だった)
手際よく連絡先を消去する。スマートフォンの画面に反射して写る自分は、ずいぶん険しい顔をしていた。過去の清算──《要らないものは容赦なく切り捨てろ》──かつて自身の貞操を奪った男にそう教わった。
男とこういう関係を続けるなら深く関わらないことだと。人との繋がりなど、しょせんは泡沫で、いつかはなくなってしまうもの──それを理解しているからこそ踏み込まないし、踏み込ませない。
自分の心を理解しきれるのは──自分しかいないのだから。
着信と共に一件のメッセージが表示される。
校内にいくつかある空き教室の一室に来るよう指示しただけの簡素なメッセージ──また、眉間の皺が深くなった。
(悪くはねぇけど気分じゃねぇ……)
昼休みはそろそろ三十分ほどが経過しようとしていた。この時間から要求に応じていては午後の授業には確実に間に合わない。こういうのは無視を決め込むに限ると、メッセージを消去した。バッグの中から読みかけの小説を取り出し、栞を挟んだ場所から開く。そうして静かに、物語の世界へと思考を巡らせた。
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