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第四話:誘 導
「……曇狼」
「あ……姫乃井」
放課後──帰りの支度をしてから月冴の席まで赴き声を掛ける。そのことそのものに驚いたような顔をして、月冴は躊躇いがちに返答した。
「今日って、時間ある?」
「ごめん……これからバスケ部の体験入部に行かなきゃいけなくて」
問いかけに対し、僅かに視線を彷徨わせて答える。以前のことが尾を引いていて、警戒されているのだとしても仕方がない。知り合って間もない時期に《それだけのこと》をしてしまったのだから。月冴がいま、尚斗と会話をしているのは《クラスメイトである》から──そして……《付き合ってほしい》と伝えたことに対して未回答であるが故だ。
「あぁ……もう入る部活決めたの?」
「身体動かすの好きだから。他の部活も見ようかなって思ったけど、多分バスケ部に入ると思う。姫乃井は?」
「そういうのよりは委員会かな。本好きだし」
少し首を傾げて考え、思い出したように口にした。
この学校では部活動・同好会・生徒会と大きく分けて三つの区分がある。学生生活においての課外活動ということで、部活動もしくは同好会への所属が推奨されており、二週間ある部活見学期間に気になった部活には仮入部することが出来る。部活動と同好会については同じカテゴリーに属する活動内容ではないことを条件に兼部が許可されているが、当然、どちらか片方だけであっても問題はないし、家庭の事情や個人の事情諸々で所属しない生徒もいる。
必須なのは委員会活動で、クラスから必ず二名から三名でそれぞれの委員を担う生徒を選出しなければならない。部活動・同好会の見学は生徒が自主的に行わなければならないが、委員会はクラスのホームルームの時間を用いて決定する。たしか担任が言うには明日だったか。
「そっか、課外活動は推奨なだけで委員会は必須だもんね。姫乃井が図書委員になったら、オススメの本を借りようかな?」
へらっと笑うと同時に瑠璃色の瞳が弧を描く。こういうのほほんとした表情の奴を見ると、どうしてだろう……性的な意味ではなく、煽られている気になってしまう。
「……へぇ? 俺のオススメが官能小説でもいいのか?」
「かっ……そ、そんなの学校図書にはないでしょ!?」
安穏とした表情を崩したくなって少しだけ意地悪な言葉を吐き出した。案の定、顔を赤らめ、少し慌てた素振りで両手で作った拳をぶんぶん振るジェスチャーを交え即答してくる。
「〝俺のオススメ図書〟が読みたいんだろ? せっかくの頼みだ、家にある書棚から出してきてやるよ」
「いっ、いいっ!! 気遣わないでっ大丈夫!! いたって普通のでお願いしますっ!!」
頼むからこれ以上本気に取らないでくれと言わんばかりに、机に置かれたスクールバッグの上に額を擦りつける勢いで頭を下げられてしまった。まったく──からかい甲斐があるというかなんというか。
「冗談だよ。だいたい、曇狼にはそういうの、まだ〝早い〟だろ?」
なんでもない風を装って過去を振り返る。
あの艶やかさを──忘れられるはずがない。穢れのない無垢な躰を己の欲望で抉じ開けた……あの快感は。
「そういう部分だけ……姫乃井が〝進み過ぎてる〟んじゃないの? あんな……」
バツが悪そうに俯く。月冴も自分がされたことを思い出してしまったのだろうか?
彼の言葉を否定するつもりはない。尚斗自身、自分がそうであると自覚があるからだ。場所がどうとか相手がどうとか、さして拘るところでもない。〝埋められれば〟──それでいい。
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