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「あの時の返事、まだ聞かせてもらってないんだけど?」
「えっ、……と。付き合うって……話? 付き合うって言ってもなにすればいいか……」
「俺が求めた時に応じてもらえればそれでいいかなって思ってるんだけど、曇狼はそれじゃ嫌?」
「それって付き合うって言わなくない? なんていうかこう……一緒に下校したりデートしたりそうやって親睦を深めてそこからなら……わからなくもないんだけど……」
戸惑いと迷い。月冴の言い分は最もだ。そしてそれは、尚斗から一番縁の遠い感覚でもあった。
「〝恋人として〟じゃないと、応じたくない?」
「姫乃井は……? そういうことって大切な人とするもの、って思わない?」
自分の質問に月冴の質問が重なる。踏み出す勇気がないわけではないだろう。ここまで話に付き合うということは、月冴なりに尚斗を気にかけている証拠とも言える。ただ、彼の中に迷いがあるのは確かだ。
ならば──導いて頷かせてしまえばいい。
「そういうのは考えたことないな……波長が合いそうって思ったら声かけてるから。〝曇狼となら上手くやれそうな気がした〟……これが理由じゃダメ? もし曇狼が、〝自分の好きなところを最低十個は言って!〟っていうなら、付き合っていく中で見つけて、伝えられるようにするから。この前は曇狼に惹かれすぎて自分の中で抑えられなかったんだ……いきなりあんなことされたら怖いし、気持ち悪いよな。学校だって来るの嫌になるだろうし」
しゅん、と肩を落としてやや俯き申し訳なさそうな顔をすると、月冴が面前で両掌を左右に振る。
「そっ……別にそんな。ちょっと怖かったけど、気持ち悪いとか学校に来るのが嫌になるとかそういうのは思わなかった……姫乃井のこと、最初に会った時から気になってて、でも声かけられなくて……だからきっかけは〝ああ〟でも話せるようになって嬉しいっていうか……俺、誰かと付き合うとか〝そういうこと〟するのも初めてだから、迷惑かけちゃうかも……しれないけど」
モゴモゴと口籠るように呟く月冴の頬が再び赤らんでいる。本当に……自分とは真逆だ。
「迷惑なんて……俺がちゃんとリードすればいいだけだから。じゃあ、俺と付き合ってくれる? 〝月冴〟」
スクールバッグの上に添えられている彼の手を取り、ゆっくりと引き寄せて傅くように手の甲へと唇を寄せれば、月冴の華奢な身体がぴんと背筋を伸ばした。同時に、その様子を目撃したクラスメイトからどよめきが起こる。
「ちょっ……姫乃井っ!?」
「なに照れてるんだよ? このくらい海外じゃ挨拶と同じだろ?」
「そっ……そうだけど……」
「部活見学行く前に引き止めて悪かったな、頑張ってこいよ? あと、俺のことは名前で呼んでいいから。俺も月冴って呼ぶし」
先程よりも顔を赤らめている月冴の頬に顔を寄せ、ちゅ、と軽く口づける。同時に起こったのはどよめきではなく歓声だ。男子校でこういったことが起これば騒ぎ立てるのが常だろう。自分はこれで下校するつもりだから質問攻めに合うことはないだろうが、月冴はどうだろう? ちょっぴり可哀相な気もするが、甘んじて受け入れてもらうしかない。この場にいる全ての人間が、自分達が恋人同士になったことを証明する生き証人だ。
クラスメイトの囃し立ての中、SNSの連絡先だけ交換し、教室をあとにすると、さっそく月冴からメッセージが届く。
「これからよろしく」──たった一言の短いメッセージ。彼がどんな顔をして送ってきたかは容易に想像がつく。
薄っすらと口元に笑みを浮かべ、尚斗は昇降口へと向かった。
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