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第五話:諍いと心配と
その日の夜──「尚斗がいなかったからクラスの連中から囲まれて散々な目に遭った、明日の昼飯は絶対一緒に学食な!」というメッセージが届いた。
あの状況で月冴ひとりを置いてきぼりにして〝どうなるか予想がつかなかった〟なんて言い訳にもならない。素直な彼のことだから、更衣室での出来事は上手く伏せたにせよ、「お互い出会った時から気になっていて自然と付き合う流れに……」などとしどろもどろに打ち明けてしまったに違いない。
クラスの連中に囲まれて一生懸命弁明している月冴の姿を思い浮かべるとなんだか滑稽で……いや、可愛らしくさえある。普段からコーヒーだけで済ます癖があるため、昼食を摂るのは些か気が進まないが、彼への迷惑料として付き合ってやるか──そんな風に思いながら、尚斗は静かな眠りについた。
* * * * *
翌日。低血圧で朝に弱い自分にしては珍しく気分良く登校していたその最中、思わぬ事態に直面してしまった。閑静な住宅街の近隣ということもあってか、通行人の姿は皆無である。尚斗を取り囲む、三人の男。彼らもまた、自分と同じように制服姿であった。ネクタイの色は赤──同じ高校の三年生だ。
「尚斗くぅーん? どぉーして昨日は来てくれなかったのぉ? 寂しかったなぁ」
中央の、他の二人より少し体格のいい男が下賤な笑いを浮かべ、尚斗を見下ろした。最悪だ──まさか通学路で待ち伏せされているなんて思いもしなかった。
彼と知り合ったのは高校に入学するより前──ちょうど中学三年に進級した頃のことだ。
都心部に本を買いに出た時、暇潰しのために訪れた繁華街で声をかけられたのが縁だ。最初に関係を持ったあと相性が良かったこともあり、何度か二人で逢瀬を重ねていたが、ある日相手の男が「友達が会いたがっている」と他の二人を連れてきた。そこからだ──自分を含め四人で関係を持つようになったのは。内容は白昼語れるようなものではないので伏せておくが、現状は非常にまずい状態である。比較的非力な部類に入る尚斗だけでは、そこそこ体格のいい上級生を力技で捩じ伏せるのは不可能だ。
「逃げようなんて思うなよ? 昨日狂わされた予定の埋め合わせを、しっかりしてもらわなきゃな?」
「…………」
普段通りに登校してから空き教室に連れ込まれるか、この場所から一番近い公園の公衆トイレに押し込まれるか……いずれかであることは明白だが、彼の言う通り、三対一では逃げるのに分が悪すぎる。
「とりあえず一緒に学校行こっか、尚斗ちゃん」
スクールバッグを取り上げられ、肩を組まれる。後ろは残りの二人が囲むようにしているため、もはや逃れることは不可能だった。
家から学校までは徒歩二十分ほどの道程だが、三人に囲まれて歩かされているだけで、倍以上の時間がかかっているような錯覚に陥った。上々だった気分も萎れ、テンションはがっくりと落ち込んだ。
学校の門が見えてくる──今日は抜き打ちの風紀検査はないようで、登校してきた生徒が次々と門を抜けていく。同じように自分達も門をくぐり、昇降口へと歩みを進める。下駄箱は各学年クラスごとの並びになっているため、三年と一年は左右両端壁同士だ。うまくすれば校内に逃げこめるかもしれないが、失敗に終わる確率の方が遥かに高い。取り上げられていたスクールバッグを押し付けられ、一年側の下駄箱方面に背を押された。外靴を上履きに履き替え三年の下駄箱の様子を伺うと、「今日はどうしてやろうか」──そんな話し声が聞こえる。悠長にしている今が絶好のチャンス──教室に向かうには些か遠回りになるが仕方がない。足音を立てないようにして、一番左奥にある階段を目指し走り出した。
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