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「期待してる? 月冴って案外〝こういうこと〟されるの──好き?」
好きか嫌いか──経験のない者にするにしてはずいぶんと意地の悪い質問だと思う。月冴の反応は謂わば生理現象のようなものだ。年頃の男であれば誰しも性への興味や欲求があって然りなのだ。もちろんそれは、好きだの嫌いだので判断できるものではない。たとえ興味がなかろうとも、接触を許すことで反応してしまう──生来の性とはそういうものだ。
「──……逃げねぇの? このままだと本当に食っちまうけど?」
ふと──そんな言葉が漏れた。
あれほど高まっていた嗜虐心はいつの間にかナリを潜め、純粋な疑問を月冴にぶつけていた。普通、こんな強引なことをされれば恐怖心から否が応でもどうにか逃れようとするだろう。けれど、拘束状態から数分経った今も──月冴は身を固くして目の前から動かない。大した根性だ、と思いつつも、尚斗には月冴の行動が理解しきれずにいた。
「この──……状態で? 無理でしょ……」
躊躇うように──月冴が発したのはそんな言葉だった。
〝無理〟──一体なにが無理だというのだろう。物理的なことなのかそれとも精神的な意味合いか……余計わからなくなって質問を重ねる。
「いやいやいや。普通さ、殴り飛ばしてでも逃げるだろ? ただでさえ前科あるんだぜ、俺、お前に対しては。それとも本当に前みたいに無理矢理突っ込まれたいワケ?」
「ちがっ……! あんな苦しいの二度と嫌だ! お前はなんともなかったかもしれないけど……すっごく苦しかったんだから」
憤慨したのか少しばかり声を荒げて反論してくる。
たしかに、初体験があれでは嫌にもなる。相性の問題を除けば本来〝気持ちのいい行為〟のはずなのだ。それを──。
月冴にとっては軽くトラウマものだろう。ならば尚更引っかかる。
「……じゃあ、なんで逃げないわけ? このままだったらどうなるかぐらいわかるだろ?」
「…………だから、……」
「……なに?」
「好きだから……尚斗のこと。……好きな人に迫られたら……逃げられないだろ普通」
潤みを帯びた瑠璃色の瞳が──強い意志を携えて上目遣いに尚斗を見つめた。
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