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第七話:お節介な二人組 ~朔と龍~
月冴と共に教室へと戻り、午後の授業を受けながら、尚斗はひとり、心の中で彼が告げた言葉の意味を考えていた。
〝互いを知る〟──自分とはもっとも縁の遠い言葉である。
尚斗にとってなんの興味もないこと──しかし、月冴にとっては重要なこと。これを擦り合わせることは、少なくとも彼と付き合う上で必要不可欠であることが明白になったわけだ。であれば、いつまでも子供のように駄々をこねているわけにもいかない。
月冴の言葉に一度は頷いてしまったのだ──〝好きなところを10個挙げるまで付き合わない〟……そんな風に言われないだけ、マシなのかもしれない。
ちらりと月冴の方を振り返ると、真剣な眼差しで教壇の向こうにある黒板を見つめ、ノートに書き留める姿を捉える。ひときわ栄える金色の髪──黒板の筆跡を追う瑠璃色の瞳は、脇目を振ることもなく真摯で、普段は幼さを残す表情が、少しだけ大人びて見えた。ふと──月冴の視線が黒板を外れて尚斗の方へと向けられる。視線を感じたと言わんばかりに。目を丸くしてきょとんとしたのは一瞬で、躊躇いがちに視線を彷徨わせたあと、筆記具を握ったままの手から人差し指がにゅっと伸びた。それが示す先は黒板だ。少しだけ上目遣いでこちらを見ると月冴の口元が微かに動く。「ちゃんと授業聞けよ」──そう告げる唇と視線。
(真面目なんだな──見かけによらず。……いや、見た目通りか)
人の性格も性質も、外見だけでは推し量れないものだ。きちんと登校したり、授業を真面目に受けたり、部活見学に行ったりと、学生としての本分を全うしている──自分なんかよりよほどしっかりしているし、そんな彼だからこそ、という部分は大きい。人望やそれ以外のことも。
(俺と付き合えって言わなきゃもっとまともな恋愛できたんだろうな、月冴は)
誘いに応じたのは彼だとしても、仕掛けて誘惑したのは自分だ。月冴に対して誠意と責任を持たなければいけない。いままでなら──こんなことを考えることすらなかったというのに。
(それだけ……アイツのことを気にしてるってことか。人の評価なんかどうでもいいと思ってたんだけど)
相手が誰であれ埋められればそれでよかったはずの胸の内は──いつの間にか、月冴に感化されはじめていたらしい。できるなら──彼の望む通りにしてやりたいと思う。必ずしもそうならなくても、月冴ならば困り顔程度で許してくれるかもしれない。それが尚斗なのだと、肯定すらしてくれるだろう。
けれど、相手に甘んじているばかりでは人は変われない。かつては意識してこなかった、自己の変革。それを彼のおかげでようやく意識することができた。まだ──人を知るという感覚は遠い。なにが知りたいのかも、知りえたことが、どう自分の中に蓄積していくのか予想もできない。それでも。
(俺がわからないことでも、アイツならわかるか……)
そうやって、足りない部分を補いわかり合っていくのだろう。本来の──人間というものは。もう一度、月冴の方へ視線を移すと、変わらず真剣な眼差しで黒板の筆跡を追い続けている。その視線が自分を捉えることはない。
尚斗は机上に置かれたテキストへと視線を戻し、ずいぶんと遅れてしまったノートの続きを取り始めたのだった。
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