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「──よぅ、尚斗。今朝は散々コケにしてくれてドーモ」
「…………またアンタらか。しつこすぎだろ」
放課後。仮入部期間中にも関わらず、バスケ部の主将から直々に練習の誘いを受けた月冴を体育館へと送り出し、下校のために昇降口を訪れた矢先これである。朝の態度からみて、そう簡単に終わるわけがないとある程度覚悟はしていたが、実際にそうなるのとならないのでは雲泥の差だ。一気に疲労感が全身を覆った。
「つかよぉ……いつもは誘っても断らねぇだろ? なんで今日はダメなワケ?」
「今日がダメってわけじゃ……俺にだって気分ってモンがあるんですよ。毎回、口貸せだケツ貸せだ言われるこっちの身にもなってください。そんなにヤりたきゃ女と遊べって……」
「女じゃ飽き足らなくしたのはお前だろ? お望み通りに〝そういう身体〟になってやったってのに、責任取ってくんねぇワケ?」
距離を詰められ肩を抱かれる。自分より体格のいい相手に抱き込まれてしまえば、もう逃げられない。肩を抱く生温かい掌が不快で顔を顰めれば、一緒にいた別の男が前髪を掴んで強引に上に持ち上げる。
「そういや昼休み、カワイイ金髪ちゃんと一緒だったろ? あの子ダレよ?」
「…………関係ねぇだろ」
顔が持ち上げられているせいでうまく言葉を発せられない。それだけ言うのが精一杯だった。月冴と一緒にいるところを、見られていたなんて。不特定多数の生徒が利用する学食であり得ない話ではないはずなのに、その可能性を注視していなかった自分がいる。先日の約束を反故し、さらに今朝彼らから逃げたせいで月冴に危害が及ぶかもしれない。種を巻いたのは自分だ──。
「お前が相手にしてくれねぇならあの子に頼んでもいいんだぜ? オレ達の相手」
「アイツは関係ない……頼むからアイツは巻き込まないでくれ」
尚斗の言葉に、男が目を丸く見開く。まるで、意外だとでも言いたげに。
「ずいぶん必死じゃねぇか。もしかして、あの子と付き合ってんの?」
「まっさか……尚斗に限ってありえねぇだろ、都合良さそうな相手見つけちゃヤッておしまい。一途って言葉がいちばーん似合わねぇよ、コイツには」
肩を抱いていた男の言葉に息が詰まりそうになった。
言われなくとも己自身が一番よくわかっている。
一途も純情も、ただひたすらひとりに愛情を傾けること。自分とは一番縁の遠かったものだ。それを〝似合わない〟と言われてしまうこともまた、必然。奥歯を噛み締め、ただ耐え忍ぶ。
「ここで犯されんのはさすがのお前でも嫌だろ?」
「──……ッ……悪趣味だな」
囲まれた状態ではどうすることもできず、男達について行かざるをえなくなった。この先一度でも逃れるチャンスがあるとしたら、空き教室に入るために彼らが自分に背を向けたときだけ。日の陰った廊下を進み一番近い空き教室へと辿り着く。予想通り、三人が扉の前で背を向けた。一歩足を引き踵を返してそのまま走り出す。
「ッ! 往生際が悪いぜっ!!」
気づいた一人に腕を掴まれ引き止められ呆気なく他の二人に取り押さえられる。半開きの引き戸に押し付けられ頬を打たれた。強い痺れを帯びて左頬が痛む──口腔に広がる、血の味。
「優しくしてやってりゃつけあがりやがって。簡単に帰してもらえると思うなよ?」
わずかに残っていた抵抗心が薄れていく。自業自得──そんな言葉が脳裏をよぎった。いままで散々自分が不逞を働いてきたことへのツケ。その精算をさせられるだけ。いつものように、応じて受け入れてすべてが終わるのを待てばいいだけ。ただそれだけなのに。
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