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(──……嫌だ)
自分の中に浮かぶ拒絶の言葉。かつてであれば──抱くことのなかった感情。それが。
「はいはーい、そこまでー。さすがに一人相手に三人がかりは卑怯でしょー?」
「……ッ、」
落とした視線の先に影ができる。独特の艷を含んだ声に恐る恐る顔を持ち上げれば、一房だけ長く伸ばされた後ろ髪が視界に映り込んだ。
「流石に後輩イジメはどうかと思いますよ? 先輩がた」
「あ? 誰だ、テメェ。オレ達はそいつに用があんだよ。関係ねぇヤツはすっこんでろ」
「まぁ関係ないっちゃないですけど、通りかかっちゃいましたから。見過ごせないでしょ? こんな〝あからさま〟なの」
まったく崩れない飄々とした態度。状況的に不利なのは明らかなのに目の前の彼は動揺すら見せない。それどころか笑顔すら垣間見せている。
尚斗よりも上背はあるが体格的には些か頼りなく、三人を相手に立ち回れるようにも見えない。
「聞こえなかったのか? すっこんでろって……」
「生憎だけど〝退却〟はアンタ達にしてもらう」
一瞬だけさげた腕を勢いよく前に突き出したかと思えば手にしていたペットボトルの蓋を一気に捻り開けた。その瞬間、勢いよく中身が飛び出す。どうやらボトルの中身は強炭酸水だったらしい。予めよくよく振ってあったのだろう。突如顔面が濡れ目にも入ってしまったのか、相手は目元を抑え身体を捩った。
「朔ッ!」
「……ったく。面倒事に首突っ込みやがって、このバカが」
自分を庇っていた長身の男に手を引かれるまま空き教室の引き戸を離れる。後ろを振り返れば、自分に背を向けるように立ちはだかる、先程の彼よりも少しだけ上背のある青年の姿が視界に映った。片手には筒状にしたポスターとA4ほど用紙を数枚所持している。生徒が特殊なサイズの用紙持ち歩くのは委員会関係か教員の手伝いのどちらかだ。そんな大事な物で応戦する気なのだろうか。
「ッ! 待てコラっ!!!」
「怪我人相手にこれ以上なにしようってんだ? 教えてくれよ、センパイ」
深くまでを鋭く射抜くような瞳に睥睨され、追おうとしていた三人の足が竦み、その場に留まる。
「ッ、なぁ! コイツ、二年の〝秋月〟じゃないか!?」
「〝秋月〟!? 秋月って〝組〟に所属してるとかなんとか言われてるあの……」
「ぶっ……」
尚斗の手を引き、やや離れたところまで逃げ遂せた青年が、男達の台詞を聞いた途端、肩を震わせ失笑する。
「相当ヤバイって噂の〝伝説の不良〟だろ!?」
「お、オレ、死にたくない」
口々に弱音を吐き出し、男達が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
〝失礼な奴らだ〟──そう言わんばかりに聞こえる盛大な溜息と、「もうダメ我慢できない」と言いながらついぞ腹を抱えて笑い出す。
その声が廊下に響き渡った。
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