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「龍……笑いすぎだろ」
「だっ、だって……朔、いつの間に組になんか所属したの? 一年の時より噂が大袈裟になってない?」
「オレが知るかよ。勝手に尾鰭つけやがって……いい迷惑だぜ」
もう一度大きな溜息をついて、〝朔〟と呼ばれた青年が後頭をガシガシと掻いた。
二人の会話から鑑みるに比較的長い付き合いのようだが、尚斗自身はこの二人と顔見知りでもなんでもない。まったくの初対面だ。特別助けてもらう理由もない。いまだに掴まれたままの左手首をじっと見つめると、気配に気づいたのか〝龍〟と呼ばれた方の青年が振り返った。
「あぁ、ごめんね。痛かった? オレ、けっこう握力強いんだよね」
笑顔でさらりと言ってのけるとぱっと掌を開いた。自分の方に引き寄せ手首を擦る。心なしか痺れているような気がするが、あえて言わないでおいた。
「さっき殴られてたでしょ? 手当した方がいいと思うんだけど一緒に行かない?」
「……どこへ?」
触れられはしないものの、憂慮に満ちた視線を向けてくる。こんな風に他人から気にかけられるのはどのくらいぶりだろう。
「怪我人連れて行くトコなんて保健室に決まってんだろ?」
深々と響く、年頃の学生よりも低い声音。自分より遙かに高い長身を視線だけで見上げれば、僅かに眉根を寄せ睨みつけるような視線を向ける瞳と視線が交わった。
「……別に。大したことないから」
素っ気なく告げ、視線を戻す。幸いスクールバッグは持ったままだ。しっかりと胸元に抱え彼らを避けて再び昇降口に向かおうと一歩踏み出すと、目の前に影ができる。先程の青年が、立ちはだかったのだ。
「…………なに?」
「手当済んでねぇだろ」
「だから別にいいって。こんなんほっときゃ治り……」
「ごめんねぇ、オレ達保健委員なんだ。さすがに怪我した子を放ってはおけないなぁ、先生に怒られちゃう」
高圧的な態度なのは身長のせいか。相棒をフォローするかのように放たれた一言に尚斗は溜息を零した。悪気なく、彼は彼で心配しての行動だったのだろう。
件の出来事を、一部始終見られていたのは間違いない。であれば、わざわざ仲裁までした彼らがこのまま自分を見逃すとは到底思えるはずもなかった。
「……わかった」──そう小さく呟くと、僅かにだが二人から安堵の表情が伺えた。教室棟から保健室のある職員棟までは昇降口を出て外から職員棟のエントランスに回るか、一旦二階まで上がり渡り廊下を渡って職員棟に入り一階に下りるかの二択になる。三人とも上履きのままであったため、一度二階に上がり渡り廊下伝いに職員棟に赴くことになった。
別に逃げも隠れもしないというのに、彼らの真ん中に挟まれ横並び一列で歩く羽目になっている。身長が20センチ近くも違うと威圧感も半端ない。
「養護の先生ね、とっても優しいから。その上手際も良くて料理上手」
「……はぁ」
入学してから保健室は一度も訪れたことがなかった。学校の養護教諭と言えば女性の場合が多い。それが、自分の心に暗い影を落とす。
女は苦手だ。自分勝手で我儘で傲慢で──男に平気で媚びを売る。過去の出来事が、全てを悪い方に見せているのはわかっているが、いまさらどうしようもない。モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、二人と共に保健室の前に辿り着いた。
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