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彼らと秋月たち、どちらの反応を見ても特別知り合いという風には見えなかった。秋月に関してだけを言えば、噂が独り歩きして知り合いじゃない学生までもがその名を周知している、という風にも見受けられる。
こちらの僅かな動揺を感じ取ったのか、黙ったままだった志賀が遠慮がちに口を開いた。
「去年の六月くらいかな、街中で君と彼らが一緒にいたところ、オレたち見てるんだよね。偶然にしては出来すぎてるっていうか……その時もあまりいい関係性には見えなかったから。もしかして、イジメに遭ってたりとかする?」
「いや……そういうんでも、ないっていうか……」
去年……街中で──志賀のその言葉に歯切れの悪い返事をした。
ひと月前のことでさえも自分は曖昧だというのに、一年も前のことを明確に記憶しているのか。その優秀さに心の中だけで賞賛を送りつつ、さてどう話を逸らそうかと思考を巡らせた。
そもそも誤魔化しきれるのだろうか? 秋月も志賀も、自分たちが〝知り合いではないのか?〟と疑っている。さきほど自分を殴った上級生はお世辞にも不良とは言い難いし特別問題児に見える風貌なわけでもない。いたって普通の生徒だ。当然だが、イジメをするようにも見えない。
倭斗が秋月から受け取った絆創膏を貼ってくれたあと、答えにどん詰まり八方塞がりになっていると、秋月が再び口を開いた。
「知り合いでもなく、イジメに遭ってるわけでもねぇ。それで上級生に殴られてんじゃ質悪すぎだろ」
秋月の言葉が、真正面から自身の心臓を撃ち抜いた。核心をつく正論──それでもどうにか言い訳を探す。
「……たまたま虫の居所が悪かっただけ、とか、あるんじゃないですか? そういう人って、誰彼構わず殴るでしょ?」
「手当ありがとうございました」──そう言って丸椅子から立ち上がる。
これ以上余計な詮索をされて墓穴を掘らされるのはまっぴらだ。通りがかっただけとはいえ、自分を守り、保健室まで連れてきて手当まで受けさせた。そんな情に厚い彼らが、憂慮からあれこれ尋ねてしまうのは、仕方のないことだと思う。
ただの興味本位でないことは十二分に承知しているが、なにせプライベートなことなので、ここから先の立ち入りはご遠慮願いたい。
「先輩達が心配するようなことは……なにもないから」
去り際にそれだけ告げて、保健室を後にする。
尚斗の心の中には、彼らからの好意を無下にしてしまったという、少しの罪悪感だけが残った。
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