プロローグ

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 授業は受けなければ単位が足りず、下手をすれば留年なんてことにもなりかねないから、登校拒否なんて愚かなことはしないが、それにしても、クラスの一員にならなければならないという、目の前につきつけられた現実が、嫌で嫌で堪らないのだ。  とはいえ、尚斗が通っていた公立の中学からこの男子校を志望した者は、一人もいない。いないと言うには語弊があるのかもしれないが、併願受験で第一志望の学校に合格してしまってこちらの学校を蹴ったかもしれないし、受験者は本当に自分ひとりだったのかもしれない。兎にも角にも知り合いがひとりもいないことは確かだ。オリエンテーションを欠席しても、予定表を入手する経路はないのである。あとあと担任の元を訪ねる方がよっぽど不利だ。仕方なしとばかりに溜息をついて、癖のついた襟足をひと撫でする。教室のある学生棟はこの先のはずだ。もう一度溜息を零して、尚斗は足を踏み出す。気の進まない重怠い身体を、引き摺るようにして。 「危ないっ! どいて!」 「あ?」  唐突に聞こえた、切羽詰まった声──その声は、尚斗の右側から聞こえてきた。職員棟へと続く渡り廊下……そこの手前には五段ぐらいの短い階段が備え付けられている。廊下の先端からしなやかに伸びる影が──飛んだ。  ひらりとまくれ上がったTシャツの裾から覗く、透き通るように白い肌。鮮やかな虹彩を放つ金色の髪。大きく跳躍した影が頭上を軽やかに通り過ぎ空中で一回転してから、尚斗の背後へと着地する。一言で表すなら《鮮やか》──それに尽きる。 「っ……ぶなかったぁ」  まさに危機一髪とでも言わんばかりにほっと胸を撫で下ろす小さな背中を見つめた。  尚斗も背丈に恵まれているとは言い難いが、それでも同い年の男子学生における統計データの平均値を保っている。いま尚斗が見つめている《彼》は、それよりも一回りくらいは小柄だった。 「ゴメンなー? 怪我とかしてない?」 「……別に」 「そっか。ならいいや。悪い! 俺急いでるから!」  一応心配してくれただけでもありがたがるべきなのか。言いたいことだけ言い残し、彼は足早に教室棟の方へ駆けていってしまった。それにしても、すごい運動神経である。 「事故ってたらどうするつもりだったんだ、アイツ」  純粋な疑問を口にして、歩みを再開した。  この出会いが──今後の運命を大きく変えることになるとは、この時の尚斗はまだ……知る由もなかった。
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