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それからの日々は平穏無事に過ごせるとそう思っていたが、ある時、自分自身に女性不信の気があることに気がついた。中学一年の──夏の盛りのことだ。そのことに気づいてからは、石ころが坂道を転げ落ちるが如く堕落していった。
当て所無く繁華街を彷徨い、都合が良さそうな相手を見つけては声をかけたし、かけられるままに応じた。もちろん、女の役割をタダで担わされるのは真っ平御免だったから、それなりの報酬を得る形で、己の性を年齢差関係なく男共に売り払った。躰を好きにし合っている間、尚斗の内側は常に空っぽの状態だった。まるで……心ごとどこかに置き忘れてきたかのように。
中身のない器を寄せて摺り合わせ、劣情を受け入れる。粘膜の奥で、綺麗な純情から薄汚い欲望まで、啜りあげるようにして飲み込んだ。
理解いる──自分が〝異常〟なことくらい。こんなことを続けるなんて正気の沙汰ではありえない。
けれど、無性に埋めたくなるのだ──冷え切った心の内側を。
委ねて受け入れてそれに溺れる。或いは、受け入れてくれる相手に託してなにも考えずただ満たされた気になって温度を取り戻そうとする。相手を愛おしいと思ったことなど、一度もない。完全に感情の欠落者なのだ。
「次は……お、なんか難しい苗字だな? 曇狼!」
ハッと我に返る。ずいぶんと長い間懸想していたようにも思うが実際はそうでもなかったらしい。担任の呼び声に、鮮やかな虹彩がひょこりと揺れた。
「まぁ呼びにくいんで絶対読み間違えられない自信はあります」
「それもそうか」
クラス中がどっと笑いに包まれる。
さきほど、己の上を軽々と飛び越えた少年──同じクラスだったのか。
出席番号順で座ると尚斗の方が彼よりもやや後ろの席に位置取る形になる。人工以外であれほど見目が派手なのも珍しい──おそらくは両親のどちらかが外国人の所謂ハーフだろう。身体能力の高さは自前かはたまた遺伝か……そんなことをぼんやりと考えた。
あの時──一瞬だけ見えた肌は透き通るように白かった。穢れを知らない無垢な躰──瞼を伏せるだけで蘇る……記憶。純粋な興味だ、いつもならばこんなことは露程も思わない。それでも、尚斗は自分の中に沸々と湧き上がる想いを確信せずにはいられなかった。
(曇狼……か。ちょうどいいかもしれねぇなぁ)
標的は決まった──次は……どう攻め落とそうか?
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