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第二話 *:揺らぎ ~曇狼月冴という存在~
「じゃあ、次。とものー」
「はーい」
早いもので入学式から半月あまりが経過した。
学校生活なんてものは慣れればどうということはなく、以前にも増して難しくなった学習内容とにらめっこする日々が続いていた。そんな中で、唯一の息抜きと言えば実技・技能系の授業で、今日は四時限目に体育の授業が割り当てられている。正面を見つめるクラスメイトの曇狼月冴が、スゥと深く息を吸い込んで小さく吐き出すと共に勢いよく駆け出した。
助走のついた体躯が踏切板の上で軽やかに跳ねる。跳び箱を両手で押した反動を活かして躰を高く持ち上げそのまま前転をし、向こう側へと着地した。綺麗に天井へ向けて伸ばされた両腕。歓声と拍手が体育館に響き渡る。
「いやぁ、どーもどーも」
「どーもじゃないっ! 誰がアクロバットをしろと言った? 普通に飛んでくれ……」
「あれ?」
「跳び箱の上で半回転じゃなかったでしたっけ?」──おどけたように言った月冴を体育教師がプラスチック製のメガホンでポコンと叩く。まるで漫才だ。館内にクラスメイトの笑い声が響き渡る。
「アイツ、運動神経いいよなぁ」
「あぁ、やっぱり部活は運動部系に入んのかな?」
順番を待っているクラスメイトの話し声が聞こえる。たしかに、あれほどの運動神経ならどこの部活からも引く手数多だろう。成長期は体型も変動が激しいし、関節痛なども起こしやすい。そんな時期にこれだけ動き回れるのだ、貴重な即戦力になるのは明らかだし、なにより月冴は持久力もありそうだった。何度も器械運動を行っても、ほとんど息を上げていない。尚斗の中にある期待は、益々高まった。
(相性次第なところはあるかもしれねぇけど……楽しめそうなのは悪くない)
尚斗が月冴に興味を持ったのにはいくつか理由がある。そのうちの一つは〝外見〟だ。オリエンテーション中の自己紹介で、月冴は自分のことをハーフであると公言した。家族の中で一番背が小さいことを気にしているとも告げた。《チビ》と呼ばれることが嫌いだとも言っていた。成長期なのだから望みがないわけではないだろうに、「チビって呼ばないでください」とまで言ってクラス中の笑いを誘った。綺麗な瑠璃色の瞳が彼の表情に合わせて弧を描く。
ひどく魅力的に思えた。もし自分が──彼の躰を組み敷いたら。あの綺麗な瞳はどのように歪んで、こちらを睨むのだろう。まだあどけなさを残す表情は、どれほどの嫌悪を向けてくるのだろう。それとも、為す術無く服従するのだろうか? 思春期の性に打ち勝つことなく、ただの《行為》に──溺れてしまうのだろうか。
いずれにしても、どこかで月冴とコンタクトを取らなければただの妄想と化してしまう。幸い、このあとは昼休みだ。時間は──たっぷりある。
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