白柳さんからのお手紙

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 とは言っても、僕の彼女に対する恋心が消えてなくなったというわけでも無かった。  二年生になって、僕たちはクラスが変わったのだけれど、時々白柳さんとすれ違う時、僕はいつも、ちらり、と白柳さんを見る。白柳さんはその視線に気づいて、ニコッと手を振ってくれたり、お疲れ様、と声をかけてくれた。  僕は、「さっきの手紙のご用事なあに?」によって、告白を流されたままではあったが、そのまま、搖らがず、密かに白柳さんに淡い恋心を抱いたまま卒業することになるだろう……なんて思っていた。  そんな僕らの関係に転機が訪れたのは、高二の秋のこと。午後の科目が情報科で、僕はいちいち教室に戻って教材を取るのが面倒くさいから、食堂に行くときから、筆記用具と教材を持って昼休みを過ごしていた。  昼食を食べ終えると、一緒に食べていた奴らは、部活の昼練に向かうから、大体僕は一人になる。特に用がないときは、食堂から直接図書館に来て、気になったタイトルの本を手に取り、目次から中身を拾い読みするのが日課になっていた。  その日も、そんな日常のいちページに過ぎないはずだった。  僕の高校の図書館は、校舎内にあるものの、階段で繋がっていて、二階分あり、蔵書数も5万冊と、学校図書館にしてはそこそこの規模である。  シックな茶色の木製本棚がずらりとあるゾーン、勉強する人向けの机と椅子のゾーン、ゆったり座って雑誌などを読めるソファなどが一階に。  一階には、主に日本・海外文学の文庫と様々な新書がところ狭しと並べられている。対して2階には、文学のハードカバー版とともに、ジャンル分けされた専門書や古典集などが厳格な空気を作り出している。二階はカウンター席のような一繋がりになっている机に、十数個の椅子が配置されている。奥に行けば、ガラス張りの壁に閉ざされたグループ学習室があって、その中でなら、話し合いなどをしても良いことになっている。  僕は、いつも文庫や新書を見て回っていたからほとんど一階で暇を潰すことが多かったけれど、その日は蔵書検索でたまたま僕の好きな作家のハードカバー本が新たに入っていることが分かったから、その番号をメモして、二階への階段を上がった。  本の背表紙に記される、作者の頭文字、「エ」「エ」「オ」「オ」「オ」……「カ」というところを指で追って、僕はようやく、自分の探していた本を見つけた。  書き出しを読んで、おおー……ふむふむ。わくわく、と胸を高鳴らせていると、昼休み終了5分前の予鈴が鳴った。  僕は、その本を借りるか、と脇に本を挟んで、ポケットに手をつっこみ、生徒証を探しながら歩き始めた。  その時――  誰かが鼻をすする音がかすかに、近くから聞こえた。その声にどこか聞いたことのある響きを覚えた僕は、そっと声が聞こえる方の通路に、本棚の影から顔を出した。  見てみると、灰色のカーペットが敷かれ前後を本棚で塞がれた通路の床の上で、ペタリとお姉さん座りをしたふわふわセミロングの少女が俯きながら肩をひくひく言わせて口元を抑えていた。 「白柳さん?」  と僕は言いながらしゃがみこんだ。  ピクリッと背筋を伸ばした彼女は、しばらく黙り込んだが、そのまま返事をしなかった。  ――白柳さん、で合ってるよね……?  心の中で僕はそう言いながら、確かめるように彼女を見つめた。彼女は何も答えない。 「大丈夫……? 体調悪い? 保健室行く?」  僕がそう聞くと、彼女は首を振った。 「気にしないで……」  か細い声で彼女はそう答えた。  キーンコーンカーンコーン  授業開始の本鈴が鳴る。鐘が鳴り終わると、それまで人がいたと思われる図書館は、時々司書の方が歩いたりする音以外、何も聞こえなくなった。  僕はそのまま彼女の横にあぐらをかいた。
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