1539人が本棚に入れています
本棚に追加
/283ページ
「あのね、渋谷」
息を深く吸い込む。
吐き出してしまう前に思いを乗せて音にする。
「ごめん、あの、昨日は。ええと、なんか、幸せすぎて気が弱くなったっていうか。うまくいえなくてごめん。なんか、その。でも、」
渋谷の呼吸する音がする。
そんなかすかなはずの音すら拾う電話なら僕のこのうるさいくらいの鼓動はきっと聞こえちゃってるはずだ。
プレッシャーをかけてくる自分の心臓の音を聞かない振りして言葉を電波に乗せる。
「き、嫌わないでくれる……?」
思っていたよりも弱気な女々しい台詞になってしまい、ドキドキする。
「あの、昨日は、調子が悪かったっていうか、変だったんだ」
ねえ、返事して。
二人分の呼吸の音が僕の耳にこだまして僕を焦らせる。
口を開く気配がする。
ここまでが永遠のようだったから少しだけほっとした。
でも大事なのはここからで、心臓だけは休むことなんか知らないみたいに早鐘を打ち続けている。
「うん、大丈夫だよ。そんなことじゃ嫌いにならないし、なれないよ」
安心していい、みたいにいうもんだから。
もう。
また泣きそうになるじゃないか。
乙女だってこんなに泣きはしないさ。
でも、泣いていいのかとさえ錯覚させられる。
安心するんだ。
こいつといると。
この一言で泣きそうなくらい安心するのはおかしいのかもしれないけど。
こういうの、恋って言うんじゃない?
最初のコメントを投稿しよう!