ハッピーエンドの定義(最終話)*

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渋谷の部屋にお邪魔する。 「飲み物、紅茶でいい?」 「あ、うん、お構いなく……」 ことりと紅茶の入ったマグカップが机に置かれ、渋谷とベッドに腰掛ける。 「紅茶派なの?」 「うん、まあね。コーヒーも好きだけど、紅茶の方が美味しいから」 「へぇ」 「中野は?」 「実は僕も紅茶派」 一緒だったから、嬉しくなってしまう。 「一緒じゃん」 「ねー」 つい顔を見合わせてニコニコしてしまった。 それを見た渋谷の頰が真っ赤になる。 「可愛い……」 そう呟きながら僕のほっぺたをふにふにとしてくる。 「そんな柔らかくないだろ」 可愛げのない口を聞いちゃって後悔する。 本当は、めっちゃ嬉しい。 「あ、そだ」 「何?」 泊まっていいか、聞かなきゃ。 「こ、今度さ、渋谷の家に泊まってみたいなー」 渋谷の表情が固まる。 「……なんて」 気まずくなって思わず付け足す。 え、ねえなんか言ってよ。 沈黙が続く。 断るなら断るで、早くして。 「えっと、それ、本気で言ってる?」 渋谷がまじまじと僕を見る。 冗談で、こんなこと言わない。 「本気」 「意味わかってる?」 わかってるってば。 そんなに嫌か? 僕と、そういうことはしたくない? 寝込み襲うってセリフはやっぱり冗談だった? 「わかって、る」 泣かないように、しなくては。 泣くな。 「今週末空いてる?」 欲しかった言葉がもらえて、涙腺が緩んだ。 「空いてるっ」 「なに、中野泣いてるの?」 渋谷が顔を覗き込んでくる。 「な、泣いてない!」 「ふーん?」 そう言いつつ抱きしめて、そのまま背中をポンポンとされた。 「……ありがと」 「うん」 いい加減に泣き止んだから、そろそろと頭を離す。 「もういいの?」 「……ん」 離れ難くなって、帰れなくなるから。 「好き」 「中野のデレ、レアだね??」 知らん。 さりげなく時計を確認するともうそろそろいい時間。 ミッションは完了したし、お暇しようか。 「……帰んなきゃ」 立ち上がって身支度をする。 「そっか、送ろっか?」 玄関で言われたけれど、渋谷は薄着のまま。 嬉しいけど、寒いでしょ。 「大丈夫」 「じゃあ一階まで送るよ」 こくりとうなづいて、渋谷の家を出る。 エレベーターがどんどん小さな数字を表示していくのが恨めしい。 チン、と軽い音を立ててエレベーターは停止し、僕は渋谷に手を振って歩き出した。 ……ミッション成功。
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