浮き沈み

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「え、すげえ」 「だろー。気になってたんだけどさ、1人で来るのもなんだし、と思って」 あいつらは論外、と笑って言う。 何はともあれ、誘ってくれてよかったな、と思う。 それは覆う蔦の隙間から覗く煉瓦がお洒落なカフェだった。 レトロで、いい感じのカフェは確かにいつも渋谷の周りにいるメンツとは合わなさそうだった。 カランコロン 扉を開くと心地よい音が出迎える。 包み込むように流れているクラシックと珈琲の香りは居心地の良さを演出する。 僕がぼんやりしている間に、渋谷は注文を始めていた。 「以上です」 というか、終わっていた。 なんとも情けない。 「中野、誕生日おめでとう」 「あ、ありがとう」 改めて、というようににこりと微笑んで渋谷が言う。 夢のようだ、と思う。 渋谷といると、いつも夢の中にいるような、なんとも言えない幸福感に包まれる。 「しかしなんで教えてくれなかったの?」 「聞かれてないし、興味ないと思った」 思ったままのことを思わず答える。 見ると、渋谷はちょっと不服そうな顔をしていた。 そんな顔も格好いいんだよなと考える。 「それはそうだけど……」 「じゃあいいだろ」 「でも知りたかったな。そしたらもっとちゃんと祝えた」 だから、言わなかったんだよ。 心の中で返事をする。 優しくされると、余計に片想いが辛くなる。 無駄な期待をさせないで欲しい。 話題を逸らしたいのもあったけど、聞きたいことがあった。 「そういや渋谷はいつ?」 「2月10日」 誕生日ゲット。 まだまだ時間はある。 お返し、と称してプレゼントとかを渡したいな。
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